先読みすれば、いずれイラクは旧ユーゴスラビアのように分裂する。スンニ派、シーア派、クルド人の3つのグループがそれぞれ支配する3つの国になるしかない。サウジの援助もあってISILが一つのスンニ派国家を形成することになれば、国境を接するシリアのアサド政権との対立は決定的になる。

遅ればせながら、アメリカはマリキ首相を降ろして、スンニ派、クルド人も交えた挙国一致体制の政権をつくるようイラク政府に働きかけている。しかし、ISILとクルド人が自分たちの勢力を固めてしまっていたら、挙国一致の政権など成り立たない。シーア派はシーア派でまとまり、イランと連邦制を模索することもありえる。そうなればサウジやイスラエルとの対立関係は決定的となる。

議論すべきは「双務性」を受け入れるかどうか

結局、イラクはサダム・フセインのような独裁者が支配するしか方法がないという結論になれば、アメリカが浅知恵で余計な手出しをしたことが浮き彫りになる。それはアフガニスタンも同じだ。多国籍軍はすべて今年中に撤退することになっているが、今のアフガンはイラクよりも群雄割拠の状況にある。しかもタリバンの強力な組織は健在なまま。見かけだけの民主的な選挙で民主的な政府ができても、イラクのマリキ首相以上の統治ができるとは思えない。

懸念されるのは隣のパキスタンとの関係で、タリバンとのつながりを考えれば、今後、パキスタンがアフガン化していく可能性も否定できない。結果、タリバンが核を握ってインドと対峙する状況になれば、インド亜大陸全体が不安定化しかねない。

ここ数年、アメリカの中東政策は何の成果も得られず、イラクとアフガニスタンに混乱の置き土産を残し、周辺国を不安定化させただけだった。これに懲りてアメリカが手を引くかといえば、そんなことはない。アメリカの介入で複雑骨折した地域、あるいはパキスタンやインドなどで問題が持ち上がれば、アメリカは再び介入していく可能性はきわめて高い。

安倍晋三首相が閣議決定した集団的自衛権の本質とは、アメリカの行動に日本も付き合わされるということである。アメリカという大義も判断力もない国の要請に対して、「軍隊の出前」をするということだ。アメリカが日本に求めているのは集団的自衛権などという抽象的な概念ではない。

求めているのはもっとシンプルな「双務性」である。つまり、アメリカが日本を守ってやる代わりに、日本もアメリカの手助けをしろ、ということだ。米国務省が言う「双務性」とは、湾岸戦争のような状況になったら、もっと積極的に軍靴(地上軍)を送り込んでこいという意味である。同じく彼らが言う「統合性」とは、そういう場面ではアメリカの統帥権の下で働け、ということだ。