サントリーホールディングス(HD)の新社長に、ローソン会長の新浪剛史氏が10月1日に就任することが決まった。新浪氏を招いた佐治信忠サントリーHD会長兼社長は10月から会長に専念する。
「サントリーも(創業して)115歳。官僚化が進み、やんちゃボーイ、やんちゃガールが少なくなっている。新浪さんは“やってみなはれ”の人。グローバル化の推進と新しい空気を吹き込んでほしい」と佐治信忠氏。
一方、新浪氏は「自分は三菱商事出身だが、個人の意思で入社するサントリーを海外で戦える会社にしていきたい。(2009年にキリンHDとの統合交渉が表面化したとき)佐治さんが考えたのだと思った」などと話した。
今回のトップ人事を主導した佐治信忠氏は、サントリー4代目の社長である。これまで、どのように同社のグローバル化に関わってきたのか。
信忠氏は1945年11月生まれ。祖父はサントリー創業者の鳥井信治郎氏。父親はサントリー第2代社長の佐治敬三氏。また母方の祖父は戦艦「大和」の設計者であり、第13代東大総長を務めた平賀譲氏。68年に慶大経済学部を卒業した信忠氏は、カリフォルニア大学ロサンゼルス校経営大学院を修了。ソニー商事を経て74年にサントリーに入社する。
最初に頭角を現したのは80年。ペプシコーラの在米ボトリング会社の「ペプコム社」の買収を、信忠氏が手掛けたのである。
これは98年から日本国内でサントリーがペプシコーラを販売するきっかけにもなるが、ペプコム社買収を皮切りにM&A(企業の合併・買収)を数多く実行してサントリーはグローバル化を推し進めていく。この80年の一件からM&A戦略と海外戦略とを、ほぼ一貫して担ってきたのは信忠氏だった。82年に取締役になり、90年に代表権を持つ副社長に就任、社長に就いたのは01年である。
M&Aとしては83年の仏ボルドーの名門シャトーであるシャトーラグランジュの買収をはじめ、「近年ではニュージーランドのフルコア社、フランスのオランジーナ社、英国の老舗ブランド、ルコゼードとライビーナ、さらに、今年5月の米ビーム社。大型買収でサントリーは一気にグローバル化の進展を図っている」と信忠氏。
もっとも、サントリーは日本企業の中では早い時期から、グローバル化に着手していた企業だった。
特に、巨大市場の米国に自社製品を売り込もうと、先駆けて挑戦したのはサントリーだったろう。禁酒法が廃止されたばかりの34年から、山崎蒸留所でつくったジャパニーズウイスキーの対米輸出を始めたのだ。前代未聞のビッグチャレンジを実行したのは、「やってみなはれ」を唱えた創業者の鳥井信治郎氏。
ソフトバンクはもちろん、ソニーやホンダが誕生する以前だったが、第二次大戦により輸出できなくなってしまう。