真剣勝負の議論が「動物園」を生む

私自身もあらゆることに挑戦し、失敗も経験しました。たとえばデジタル放送関連事業では、立ち上げに失敗し、大きな損失を出しました。責任を感じ、落ち込んでいた私に対し、孫社長は「わかった。自分の見立てが甘かった。事業を売却し、次のビジネスに進もう」と言って、一切責任を問わなかった。感激しました。

「できる」と「できない」の決定的な違い

もう一つ孫社長が嫌うのが「できない」という言葉です。私が「これはどう考えても無理です、できませんよ」と言ったとき、こう言われました。「『できない』と『できる』ではどっちが簡単だと思う。『できる』というのは、100でも1000でも1万でも、ありとあらゆる方法を自由に考えて、その中から1つでもゴールにたどり着く方法を見つけ出せばいいんだ。おまえはいま、『できない』と言ったが、それはすべての方法にトライして、仲間を巻き込んで、すべてを検証した結果なのか」

そう言われると、「わかりました。できる方法が見つかるまでがんばります」と答えるしかない。これが頭に残っています。

議論は一方的なものでもありません。ADSL事業に参入したとき、毎週火曜日の午後6時から経営会議を開いていました。40~50人が集まり、大体午前0時まで。それから会議で上がった課題を処理するので、午前2~3時ごろまでかかることも。技術陣は朝4時から会議を開いたこともありました。

そのなかで孫社長から最善解と少しかけ離れた指示が出ることがあります。何十回かに1回はそんなこともある。役員が「社長、それは違います」とロジカルに反論すると、「ああ、なるほど。そういう考え方もあるな」と理解して、素直に認めてくれる。どんなに興奮していても、本当に正しいと思うことであれば改める。ソフトバンクの経営会議は「動物園のようだ」といわれますが、常に真剣勝負をしているから、そのように見えるのかもしれませんね。

内藤誼人が分析 心理学的なツボ

【内言語法】人間の心は自分が使っている言葉(内言語)によって影響を受けるため、「できない」と口に出せば本当にできなくなってしまう。ネガティブ思考が現実化することを知っている孫さんは、言葉に出すのを禁じた。

ソフトバンクモバイル取締役専務 榛葉 淳
1962年生まれ。85年新卒で日本ソフトバンク(現ソフトバンク)入社。ソフトバンク・コマース(現ソフトバンクBB)取締役などを歴任。12年よりソフトバンクモバイル、ソフトバンクBB取締役専務。
(溝上憲文=構成 遠藤素子=撮影 時事通信フォト=写真)
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