新規顧客の獲得か、それとも既存顧客への対応か
受験生応援キャンペーンを始める以前、キットカットは、スーパーでの販売がメーンのブランドだった。お母さんが買ってきて家庭に常備されている。キットカットは、廉価な袋詰めのパッケージングを主力にスーパーで売れていくブランドだった。とはいえキットカットは、チョコレート菓子の国内市場ではグリコのポッキーに次ぐ第2位のブランドであり、それなりの利益も出ていた。
この悪くはないポジションにあぐらをかくか、さらに上をめざすか。ネスレコンフェクショナリーは後者に挑んだ(高岡浩三『ゲームのルールを変えろ』ダイヤモンド社)。「キット、サクラサクよ」とのメッセージによる受験生応援キャンペーンを開始したのである。キャンペーンは好評で、ホテルでの受験生へのサンプリング、鉄道会社とのコラボによるラッピング電車、そしてキットメール(キットカットに住所を書いて切手を貼り、郵便で送る受験生応援)のテレビCMへと拡大していった。このキャンペーンを経てキットカットは、コンビニで売れる、高校生をターゲットとしたブランドとなっていった。
人口減に向かう国内市場では、人気ブランドでも、既存顧客を維持するだけでは、売り上げはよくて横ばい、場合によっては先細りを覚悟しなければならない。収益性の高い新規顧客を何としてでも獲得したいところだが、ここでもマーケティング担当者はジレンマに直面する。新たに高校生たちにコンビニで買ってもらうのはよいが、スーパーで買うお母さんたちに忘れられてしまったり、ましてやそっぽを向かれてしまったりしては困るのだ。新規顧客の獲得にマーケティング資源を注ぎ込むことで、既存顧客への対応が手薄になるというジレンマである。
実はキットカットの受験生応援キャンペーンは、このジレンマに対するひとつの解決策を示している。受験生への応援メッセージは、受験生にだけ届くメッセージではない。このメッセージは、家族など受験生の周囲にいる人たちの心にも響く。それだけではない。かつて受験を経験したことのある人たちも、このメッセージを、懐かしい思い出を想起させるものとして受け止めてくれるだろう。つまりそこでは、ターゲットを絞り込みながら、より多くの人の心にメッセージを響かせるという関係が実現している。このような展開が可能なことが、人を相手にしたコミュニケーションの面白いところだが、キットカットのキャンペーンでは、この巧みなコミュニケーション法が活用されていた。