一期だけのB/S、P/Lの数字を上げるのは、決して難しいことではありません。利益が経費と粗利のバランスによって決定される以上、粗利が上がる業務改善の仕組みをつくり、経費が粗利を超えないようにすればいいというだけのことです。そうすれば確実に数字は上がる。ですが、そうやって一期一期の数字を合わせていくことが、安定した収益を長期的、持続的に確保することに結びつくかというと、必ずしもそうではないのです。
また本来は企業価値=株主価値であるはずが、現状の認識は違っていて、株価が企業価値をはかる物差しであるかのような判断基準がまかり通っていますよね。こうしたさまざまな要素が違和感となってくすぶるようになってしまった。その違和感が、会議を繰り返すうち、次第にあぶり出されてくるわけです。会社とは何だろう、事業とは何だろうと青臭く愚直に突き詰めて、この違和感を解消しようと考えた結果、株式非公開という結論があぶり出されてきた。
こうした大きな決断というのは、ある日突然答えが決まるものではありません。一経営者がゼロから考えて出すものでもない。答えはどこかに潜んでいる。それがあぶり出されて顕在化したときこそが、決断のタイミングなのです。
(06年3月20日号 当時・社長 構成=石田純子)
楠木 建教授が分析・解説
この記事はワールド上場廃止の決断についてのものだが、同じテーマで寺井氏と議論したことがある。そのときにも「企業価値とはそのときの株価なのか。四半期ごとに株価を上げることが、本当に企業価値を増すことなのか。常識的に考えても違和感がある」と語っていた。
業界全体がブランドを絞り込む傾向にある中で、ワールドは「顧客の選択肢の幅こそがファッション」という信念に基づいて複数のブランドを展開してきた。しかし、上場していた時代に機関投資家やアナリストから「いいぞ、やれやれ」と言われたのは合理化策ばかり。新ブランド導入などの積極策は「やめておけ」と全部反対されたという。
「何年か後に振り返ると、今のワールドの成長を支えている打ち手は、全部あのときに投資家がやめろと言ったことだった」と寺井氏は言う。
そうした、どこか根本的におかしいのではないかという違和感の一つ一つをロジカルに考え、「それでもおかしい」という違和感が蓄積した末、下した結論が「上場廃止、株式非公開」というビッグディシジョンだった。
傍から見れば非連続な突然の決断と思われても、当事者には確固たる連続性があり、決断の背後には1000個ぐらいの「常識との違和感の蓄積」があったと思う。論理的な思考を繰り返し、突き詰める。その蓄積があるからこそ、答えが炙り出され、決断に至るのである。
1964年、東京都生まれ。92年一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。2010年より現職。著書に『ストーリーとしての競争戦略』『戦略読書日記』。