技術者の特権である「造る喜び」と客だけが抱ける「買う喜び」。2人の「原点」が語る言葉は、社史の中で両極で相対するようにせめぎ合っている。

図を拡大
「モータースポーツ」も再開

ならば、このように言うことができるのかもしれない。

その「喜び」の順序のせめぎ合いの中で、社員一人ひとりが「ホンダらしさとは何か」を問い続けることこそが、同社に底流する価値観を作り上げてきたのではないか――と。

現在、社長を務める伊東孝紳にそんな問いを投げかけると、「ここ10年間のホンダでは、この三つのうちの『造る喜び』が失われかけていたと感じているんです」と語るのだった。

「三つの喜びには、時代によって順序が入れ替わるサイクルがあると思う。そして、(社長就任時に)僕が考えていたのは技術者の創造性を上げること、『造る喜び』を社内に取り戻すことだったんです」

伊東がホンダの社長に就任したのは2009年、リーマンショックの翌年だ。それから5年の歳月が流れようとするいま、彼の「改革」のもとで作られた新たな製品は、ようやく具体的な形となって表れてきている。

その象徴的な製品の一つが3代目となる新型フィットであり、まったく新しい小型SUVとして開発されたヴェゼルだろう。3代目となるフィットはデザインを一新、ヴェゼルもまたクラスを超えた装備とスタイリングで注目を浴びている。

図を拡大
リーマンショックで売上高が急減

さらに同社は来年のF1にエンジンサプライヤーとして参戦することを決め、また、「NSX」や「シビック・タイプR」の新型を開発するなど、モータースポーツの分野でも野心的な発表を同時期に続けた。こうした矢継ぎ早な動向を見て、かつての挑戦的な「ホンダらしさ」が戻ってきたと感じた人も多いのではないだろうか。

「きっかけはリーマンショックでした」と伊東は話す。

「世の中の状況が一気に変わり、会社が窮地に立たされた。それが今から振り返れば幸いなことだったんです。ホンダはあの危機によって、ある意味では救われたんだと僕は思っているから」