とりわけ当時は携帯電話普及の草創期であり、決められたルールに則って動く30万人の組織では味わえない仕事のダイナミックさ、あるいは「同じ仕事でも与えられたものではなく、相談できる人が少なく『やるのは俺しかいない』と思ってやった」(田中部長)という仕事に対する姿勢が成長の原動力にもなった。

創業期の躍進を支えたベンチャースピリッツは、今でも「なにかやってやろう!」というチャレンジ精神となり同社のDNAとして受け継がれていると田中部長は語る。

しかし、そうはいっても2万人の大組織になり、業務の細分化が進むと、好むと好まざるとにかかわらず社員の存在感が組織に埋没しかねない。いかに社員の主体性を尊重し、仕事への意欲を持続・発展させていく職場環境を生み出していくかが問われる。

それを実現するための人事制度を貫く方針は「社員全員に成長の機会を等しく付与し、全体の底上げを図る」というものだ。一言でいえば「全員野球の精神」といってもいいだろう。

たとえば入社後のジョブローテーションもその一つだ。入社後の3年間は、数カ月のドコモショップでの研修をはじめ各支店で顧客対応などの現場を経験する。その後本社に戻り、さまざまな部署での経験を3年間経て、再び支店業務をはじめグループ会社への出向や海外業務などを3年間行うというキャリアパスを描いている。

もちろん最初の3年間の支店業務は現場重視の姿勢の表れとして理解できるが、その後、全員を3年間本社に戻す意味はどこにあるのか。

「新入社員は一生懸命に働きますし、支店で1年半も経つと戦力になります。確かに支店からすればちょうど一人前になったところで本社に抜かれる感覚があると思います。だが、新人の多くは自分は移動通信業界を動かしたい、できれば本社で働きたいという思いがあります。一部の人間だけが本社に行くとなると、『あいつが本社に戻り、なぜ自分だけが支店にいなくてはならないのか』と思う人もいるわけです。別段、本社がそれほどのものでもないのですが、その気持ちは理解できますし、本社での経験を積ませてやろうということです」(田中部長)

新規採用数の多い大手企業ほど、配属先のエゴもあって希望部署への異動が叶わず、疑心暗鬼にかられた末に転職する社員がいるのは事実だ。同社の場合はキャリアパスを目に見える形で示すことで、本人が目指すキャリアの実現を支援していこうということだ。