本書は青春小説だ。しかし、従来型の通俗的青春小説とは少し趣きが違っている。
まず、主人公が図太い。そのうえ頑固で抜け目がなく、恋愛でも平気で二股をかけ、しかもまったく反省する様子を見せない。ほんのちょっと共感できるとしたら、とぼけた味わいを持っているところくらいだろうか。他の登場人物たちも同様で、タフでゴーイングマイウエーを通す人ばかり……。雑多な人間が図太く生きていく物語なのだが、全体に透明感とさわやかさを感じてしまう。
「これはまったくのフィクションです。登場人物にもモデルはいません。しかし、どこかで出会った人たちのことは頭に置いて書きました。だから、友人知人は、『ここに出ているのはオレだ』と思っているようです。しかし、そうではありません。広告業界のことはディテールも含めて丁寧に書きましたが、人物はすべて創作です」
岡康道は長年、電通に勤務していた。いまはタグボートという広告制作会社の代表で、業界ではトップクリエーターとして知られる。これまでに1150本近いCMをつくり、受賞も数多い。
「小説を書こうと思ったのは既知の編集者に背中を押されたからです。これまでにエッセイや広告の本を出したことはあったけれど、小説を書こうと思ったことはありません。小説はハードルが高いと感じていました。実は、執筆中に三島由紀夫の『金閣寺』を読んでしまって。編集者に『やっぱり無理だ』と伝えたら『いえ、岡さんに三島由紀夫を期待していません』と。
いや、それはそうだ。オレは勘違いしていたと反省して、また机に向かいました。文章の勉強もしたことはありません。しかし、小学校4年生から8年連用日記に毎日あったことを2~3行ずつ書いていました。もっともあの頃は母親が日記を読んでいるに違いないと確信していたから、嘘ばかり書いていた。創作体験と言えばそれくらい。
ただし、出てくる時代背景や事実はちゃんと調べて書きましたし、なかに出てくる佐賀弁の会話はすべて佐賀新聞に勤めている友人に確かめてもらった」
広告業界を舞台にした小説だが、ファッショナブルでもないし、スマートさもない。しかし、ビジネス現場の空気は伝わってくる。ビジネスマンが読んでリアルと感じる青春小説だろう。
かつて山本夏彦は向田邦子の第一作をこう評した。
「突然あらわれてほとんど名人である」
岡康道にもこの文句がそのまま適用できる。 (文中敬称略)