生存者バイアスを回避して数字を見直すと…

ここで、A国とB国の65歳の人を比べてみましょう。A国の人はすでに引退していますが、B国の人は働き続けています。この違いは、政府が決めた年金支給開始年齢の違いによって生じています。生存者バイアスの原因となる個人のもともとの健康状態とは無関係です。

佐藤豪竜『働き方の科学 エビデンスが明かす「健康」も「生産性」も手に入れる方法』(ダイヤモンド社)
佐藤豪竜『働き方の科学 エビデンスが明かす「健康」も「生産性」も手に入れる方法』(ダイヤモンド社)

このように年金支給開始年齢が違う国で、引退した人と働き続けている人の健康を比較すれば、生存者バイアスの影響を抑えて、純粋に引退が健康に与える影響を調べることができます。

なお、医療サービスや食文化、人種・民族など、年金以外の国ごとの違いは、統計的な処理によって取り除いています。また、早く引退する人は、もともと健康なだけでなく、十分な所得や蓄えがある人に偏っている可能性があります。

こうした点に関しても、国ごとの年金支給開始年齢の違いを分析に利用することで、バイアスを取り除きました。

全員引退すれば心疾患患者が20万人減る?

私たちの研究結果は、これまでの引退と健康に関する常識を覆すものでした。

まず、生存者バイアスを考慮せずに、引退した人と働き続けている人の心疾患のリスクを単純比較してみました。すると、一般的に信じられているとおり、引退した人は働き続けている人よりも心疾患のリスクが高い(働いたほうが健康に良い)という結果になりました。

しかし、各国の年金支給開始年齢の違いを利用して生存者バイアスに対処すると、まったく正反対の結果になりました。引退した人のほうが、働き続けている人と比べて心疾患のリスクは2.2ポイント低かったのです。

これがどれほどの大きな影響かというと、仮に日本の60~69歳の就業者が全員引退すると、心疾患患者が約20万人減少することに匹敵します。この年代の心疾患の総患者数は約60万人なので、心疾患の約3分の1は労働が原因だと考えることもできます。