「原因」と「結果」が逆転している
一般的に、健康な人は働き続け、体調を崩してしまった人は早くに引退する傾向があります。このため、働き続けている人と引退した人を単純に比較すると、働き続けている人のほうが健康状態は良く、労働が健康に良い(引退は健康に悪い)という結論が出やすくなります。
なぜなら、定年後も働き続けている人は、体調不良で働けない人が抜けた後であるため、選りすぐりの健康状態が良い人しか残っていないからです。
別の言い方をすると、定年をすぎて働き続けている人は、もともと身体が丈夫で病気にならなかったから働き続けているだけかもしれません。その場合、労働が健康に良いのではなく、健康だったから労働することができただけということになります。
このように、生存者バイアスは「原因」と「結果」の因果関係を逆転させます。
10万人以上を平均7年間、追跡してみた
研究者の世界でも、引退が健康にどのような影響を与えるかは、実は結論が得られていませんでした。
そこで私は、早稲田大学や京都大学、ハーバード大学の恩師らとともに、日本や欧米を含む35カ国の10万人以上を平均7年間追跡したデータを分析しました。対象となったのは50~70歳の人で、引退と虚血性心疾患リスクの関係を調べました。(※注1)
ある年齢で働き続けるか引退するかという意思決定は、個人のもともとの健康状態の影響を強く受け、それが生存者バイアスの原因になります。この問題に対処するため、私たちは35カ国の年金支給開始年齢の違いに着目しました。
年金を受け取れる年齢になると、多くの人はそのタイミングで引退をします。一方、年金支給開始年齢は政府が決めており、個人の健康状態によって左右されません。
例えば、A国では65歳から年金を受け取れますが、B国では70歳にならないと年金が受け取れないとします。すると、A国では多くの人が65歳で引退しますが、B国では多くの人が65歳になっても働き続けます。
(※注1)Sato, K., Noguchi, H., Inoue, K., Kawachi, I., & Kondo, N. (2023). Retirement and cardiovascular disease: A longitudinal study in 35 countries. International Journal of Epidemiology, 52(4), 1047-1059.

