8月半ば、ぶどうは届いたが免許はまだ

そして、あっという間に8月半ば――。東京の農家から「そろそろ収穫する」という電話がかかってきた。税務署からの連絡は、まだない。問い合わせても、「審査中なので答えられない」の一点張り。無免許では醸造できないが、ぶどうも待ってはくれない。どうしよう……。悩んだ末に、届いたぶどうは一旦冷凍することに。

9月に入ると、東京以外の農家からも「収穫したい」との声が届いた。状況を伝えて「もう少しだけ待ってください」と頭を下げる。焦りから何度も税務署に電話をかけた。さすがにもう間に合わないか。醸造断念という現実がよぎり始めた9月中旬、越後屋さんの携帯電話が鳴った。「果実酒製造免許の審査が通りました」。電話を切ったあと、しばし呆然とした。

「とうとう東京ワイナリーが現実になったんだ」

この日を待ち侘びていたのに、まだ信じられない。ふわふわとした不思議な気持ちだった。

そして翌日から、怒涛のワイン造りが始まったのだった。

東京ワイナリーの目印、ステンドグラス
筆者撮影
東京ワイナリーの目印、ステンドグラス

「地域の人とみんなでワインを造りたい」

東京ワイナリーの醸造作業は、ボランティアなしには成り立たない。興味のある人は誰でもウェルカムで、当初はSNSを見て集まった人、現在は登録者が作業の中心を担う。ボランティアを募集したのは、スタッフを抱えるのが難しいという経営的な理由もある。だが、一番大きかったのは、「地域の人とみんなでワインを造りたい」という越後屋さんの思いだった。

越後屋さんとボランティアで赤ワインの醸造作業中
筆者撮影
越後屋さんとボランティアで赤ワインの醸造作業中

ワイン好きや畑に興味のある人が集まって、わいわい話しながら作業する。自分が醸造に携わったワインを気軽に飲めるワイナリーを作りたかった。周りの友人も「やりたい」と言ってくれた。

とはいえ、実際に人が集まるかはまったくの未知数だ。免許の取得前から情報発信していたものの、ボランティアが集まる保証はない。「本当に来てくれるのかな……」という不安もあった。

ふたを開けてみたら、醸造初日から作業場に入りきらないほどの人が押し寄せた。先述のように、交付の翌日から醸造作業を始めたため、前日に大急ぎで「明日ワイン造りの手伝いに来れる人はいませんか」とSNSで情報を拡散。すると次々に手が挙がり、募集から5分も経たないうちに締め切る作業もあった。

年齢・職業を問わずたくさんの人が訪れ、中には「出張で東京に来たので」という沖縄在住の人さえいた。