「日本史で自身が天皇より上と考えた英雄は…」細川護熙元首相が見た、高市政治の“深刻な危うさ”(細川 護熙/文藝春秋 2026年9月号)

五摂家筆頭・近衛家の血を引く元首相・細川護熙氏は、高市政権に対して深刻な危機感を抱いていることを明かす。皇室への態度や副首都構想について、細川氏が自身の見解を語った。

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「昭和100年記念式典」での高市氏の動向

私から見ると、高市氏の皇室に対する態度は信じがたいものだ。

4月に行われた政府主催の昭和100年記念式典では、天皇皇后両陛下のご入場にあたり、先導役を務めたのは、木原稔官房長官であった。式典で陛下がおことばを述べられる機会もなかった。

細川護熙氏。都内のアトリエにて Ⓒ文藝春秋

総理の経験者として言うが、式典での天皇皇后両陛下の先導役を誰にするかを、総理の判断を仰がずに事務方が決めることはない。「明治100年記念式典の時は、佐藤栄作総理がお務めになりました」ということも必ず伝える。ということは、昭和100年記念式典の両陛下の先導役を官房長官にしたのは、高市氏ということである。

記念式典はまるで昭和の音楽祭とも言われたが、高市氏がガッツポーズや合いの手を入れるなどノリノリな様子だったのは周知の通りだ。恐らく天皇陛下の前で、高市氏は今この場での最高権力者は自分だと思っていたのではないか。それは危険なことである。日本史を読み解けば、自分は天皇より上だと考えた英雄は幸せな末路を辿っていない。権力者には常に自分を謙虚にしてくれる上位者が必要だ。ヨーロッパの王たちには、それはキリスト教の神であった。高市氏の振舞には、単にマナーとか品位を超える大きな問題が潜んでいるように思われる。

報道によると、皇室典範の改正の強行は、高市内閣の支持率を大きくそぎ落とすことになった。今国会最終盤の副首都法案をめぐる強引な国会運営も、追い打ちをかけるように更なる低下をもたらすのではないか。