10度目のW杯の熱狂の中、気づいたこと
今年は夏があっという間に過ぎ去ったような気がする。おそらくサッカーワールドカップのためだ。
世界の数十億人が視聴すると言われるメガイベントが6月末に開幕すると、私はアラームをセットしていないのに、きっかり未明に目が覚めるようになった。テレビ画面の前へ座るまでには体温も脈拍も平常値を突破していた。そして、朝の静かなリビングでひとり叫びを上げた。
締め切りは頭にちらついてはいるものの、どのみち、その日の試合を見た後でなければ原稿も進まないのだからと割り切って、次の試合へハシゴする。
やがて太陽が西へ向かい始める頃、慌てて机に向かい、24時間の短さを呪いながら鉛筆を握る。そんな日々だった。
長くプロ野球の現場を生業にしているが、もともとサッカー少年だった私は、プライベートではフットボールとともに生きている。世界中の多くの人がそうであるように、4年に一度のこの悩ましくも幸せなひと月を全身で享受している。
初めて釘付けになったのが中学生の頃の1990年のイタリア大会だったから、かれこれ10度目となる祝祭に浴しながら、ひとつ気付いたことがあった。
コーヒーカップ片手に画面と向き合う90分間のうち半分ほどは、私はピッチの外にいる人物のことを考えているのだ。スーツやジャージ姿のその人たちはボールには触れることなく、それでいてプレーヤーたち以上に感情を露わにしている。
それぞれのチームにたった1人だけしかいない「監督」という人種である。
日本サッカー史上、最も勝っている監督
もちろん、各国のスターたちが繰り広げるピッチ上でのぶつかり合いや、芝の上を滑っていくようなドリブルやパスワークに目を奪われてはいる。だが、何かが起こるたび、私の意識はやはりサイドラインの外に立っている人物に向けられる。
今、何を考えているのか。
なぜ、あのプレーヤーをピッチに立たせたのか。そしてベンチへ下げるのか。
ハーフタイムに、どんなことを伝えたのか。
そもそも、どういう人生を歩んできて、その道のりはこの人の決断にどんな影響を与えているのか。何を疑って、何を信じる人なのか。なぜ昨日は勝者となり、今日は敗者となったのか――。
そんなことをあれこれと妄想している。
歳のせいかもしれない。あるいは職業病なのかもしれない。ただ、世の多くの人たちも同様の関心を抱いていることは間違いないだろう。でなければ、日本代表も含めて各国の監督が下した決断に対する議論が、インターネットやソーシャルメディア上であれほどさかんに飛び交うことはないはずだ。
私は無意識のうち、監督と呼ばれる人たちに自己投影していたのかもしれない。国の代表に選ばれるほどのプレーヤーたちに接点を見つけるのは難しくても、思考と言葉で戦う監督には、わずかながら自分を重ねることができる。
なぜなら、社会を生き抜く上では誰もが少なからず自分の人生をマネジメントし、日々、自らに対して決断を下しているからだ。
その人を見ているようで、じつはその人を通して自分の生き方を考えている。舵取りを任された者の決断と逡巡と、その末に分かれる明と暗とに、人生へ通じる勝利の法則のようなものを見つけようとしているのかもしれない。
そんな私の頭には大会中ずっと、ひとりの監督のことが浮かんでいた。その人はワールドカップには出ていなかった。それでも画面に映っている、どこかの国の監督とは別に、あの人ならどう決断するだろうか、と思い浮かべていた。ある意味、私の中で最大の投影対象であると言えるのかもしれない。
鬼木達。
日本のサッカー史上、最も勝っている監督である。

