前田利家が出世できた2つの理由

賤ヶ岳の戦い後、離脱(降伏)した者たちは秀吉の配下となった。なかでも前田利家の出世は目覚ましかった。

なぜ利家が突出していたのか。それは第一に、天正9年から支配下に置いた能登の統治に際立った成果をあげており、そこに秀吉が着目したからと考えられる。

例えば利家は、能登に封じられるや検地を実施した。そのやり方が秀逸で、有力な地侍(武装農民)に村を管理する権限を付与し、扶持ふち(給料)も与えることによって、スムーズな年貢徴収を可能にしたという(『シリーズ・織豊大名の研究3 前田利家・利長』所収『織豊期加賀前田氏の領国支配体制』石野友康)。