「原油がない国」の苦渋の選択

2022年以降、日本は米欧の対ロシア制裁に足並みをそろえてきたが、結果として、ロシアとの首脳・閣僚レベルの対話は途絶え、事務レベルの接触さえ乏しくなっていた。しかし、2026年2月、イランへのアメリカの軍事攻撃が発生したことが大きな転機となる。

原油の輸入の9割超を中東に依存する日本にとって、エネルギー調達先の多様化は死活問題である。この危機感から、高市政権は足元の数カ月間、制裁を維持しつつもロシアとの関係改善を模索するような動きを見せたのだ。

石油ドラム缶
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今年5月には、経済産業省や外務省の幹部が訪露し、ロシア経済発展省の担当者と協議した。三井物産や三菱商事が参画するロシア極東の石油・天然ガス開発事業「サハリン2」の権益維持を念頭に、ビジネス環境の改善を申し入れたものとみられる。

7月には、外務省が2019年を最後に中断していた、日本の大学生らのロシアへの短期派遣事業の再開方針を発表。教育関係者から、安全面のリスクを危ぶむ声があがる中での決定だった。

さらに同月、茂木外相が訪問先のフィリピンで、ラブロフ外相に近寄り、挨拶を交わした。日露外相による5年ぶりとなる接触であり、茂木氏は記者会見で、「政府間の意思疎通は必要だ」と関係修復の意向をにじませた。

日本の歩み寄り姿勢が逆効果に

一方で、高市首相は、ロシアの侵略を受けるウクライナとの対面での首脳会談を実現させておらず、ウクライナ支援が主要議題となった7月のNATO・北大西洋条約機構首脳会議も欠席した。

こうした外交的動きは、エネルギーの確保を優先した、ロシアへの配慮とも受け取られかねない。

実際、一連の動きは、クレムリンにどう映ったか。

「日本はエネルギーの調達でロシアを頼りにしており、強硬な態度には出られない」と見透かされた可能性は極めて高い。関係改善の糸口を探ったはずの行動が、逆にプーチン氏の択捉島上陸を後押しする、誤ったメッセージとなったとすれば、対露外交の失態と言わざるを得ない。

今回のプーチン大統領の北方領土訪問は、長年にわたる日露間の領土交渉の実質的な終焉を告げる出来事かもしれない。ロシアに歩み寄れば、領土問題で何らかの進展が得られるのではないかという、日本側の一方的な期待は見事に打ち砕かれた。