消滅した「安倍外交の遺産」
振り返れば、故安倍晋三政権下の2010年代は、ロシアとの平和条約締結に向けた環境整備の動きが活発化した。2013年4月に安倍氏とプーチン氏が「戦後67年を経て平和条約が存在しないことは異常」との認識を共有。
2016年には、今までの発想にとらわれない「新たなアプローチ」で交渉を進めることを確認し、2018年には、「平和条約締結後に歯舞群島、色丹島を引き渡す」とした1956年の日ソ共同宣言を基礎に交渉を加速させることで合意した。北方四島のうち、せめて二島だけでも、という現実的妥協の道を探る、ぎりぎりの外交交渉であった。
安倍元首相はロシアと交渉を進めるにあたり、常に同盟国である米国との関係に気を配った。米国との強固な同盟関係を維持し、東アジアにおける抑止力を確保することが、対露交渉力を高める基盤になると理解していたからだ。同時に、中国との関係を安定させることにも腐心していた。
しかし、プーチン氏の姿勢は次第に硬化していく。米露対立の激化を背景に「引き渡し後の島に米軍基地が置かれない保証がない」と難色を示し始め、2020年の憲法改正では、他国への領土割譲を原則禁止する条項を盛り込んだ。
こうした流れを経ての今回の初上陸は「領土の帰属問題は解決済みであり、もはや日本との交渉議題ではない」という宣言に等しい。日本は、「軍事力を背景に実効支配を強めるロシア」という冷酷な現実の前に、過去の外交的遺産を事実上無にされたのだ。
結託する中露、動けない高市政権
さらに、今回のプーチン氏の行動の背後には、変転する国際情勢、特に「中国との結託」という外交的地殻変動がある点を見逃してはならない。
プーチン氏の北方領土訪問は、9月初めに行われる中国と共同の対日戦勝記念日を前にした「日本と戦ったのは中国だけではない」という強烈なアピールとしての側面がある。実際、訪問当日の13日には、在日中国大使館が、呉江浩大使とロシアのノズドレフ大使の共同声明を発表。
両国が第二次世界大戦で「ナチズムや日本の軍国主義と戦うために多大な犠牲を払った」と主張した。日本に対する強硬姿勢で中露の共同歩調を誇示した格好だ。台湾有事を巡る高市首相の発言などを「新型軍国主義」と批判する中国と、ロシアの利害が一致している構図が浮かび上がる。
中国メディアも、プーチン氏の択捉島訪問を一斉に速報した。中国国営中央テレビなどを運営する中央広播電視総台は、政府系シンクタンクの専門家の見解を引く形で「西側諸国があおる『ロシア軍はウクライナ危機にかかりきりで極東に気を配る余裕がない』という論調を打ち破った」と称賛している。
日本の専門家からは、「高市政権全体で外交政策としてロシアをどう位置付けるかの議論が不足している印象だ」との指摘も上がる。

