労働闘争の結果、賃上げを勝ち取った
成熟した経済の常として、さらなる成長のために投資主導型の成長から消費主導型の成長へと転換しなくてはならない時期が来ていた。そのためには、賃金を上げる必要がある。しかし、必要とされているからといって実行されるとはかぎらない。
韓国では、人々が豊かになったことから、また1979年に朴正熙大統領が暗殺されたことをきっかけとして、民主化を求める動きが高まっていた。民主化を求めて団結する人々にとって、労働は決定的問題だった。
1987年、300万人の労働者が1カ月にわたって闘争に身を投じ、大統領選挙の実施を求めるとともに――大統領選挙は1987年終わりに初めて実施された――、よりよい賃金と労働条件、そして政府から独立した合法的な労働組合をも要求した。
1988年、ついに韓国で最低賃金が導入された。独立した労働組合は1990年代なかばになってようやく法制化された。
最低賃金はOECD加盟国でも最高水準に
当初、最低賃金はフルタイム労働者の時間あたり賃金の中央値の30パーセントにすぎなかった。これは、貧困ラインの基準である、所得の中央値の半分を大幅に下回る。しかし、韓国政府は何年にもわたって最低賃金の引き上げを続け、2024年には最低賃金が賃金の中央値の61パーセントに達し、OECD加盟国のなかで最高になった。
対照的に、日本の最低賃金は賃金の中央値のたった47パーセントだ。韓国では2023年に、最低賃金で働くフルタイム労働者の年収は2万6000ドルを上回った。日本では2万1000ドルにも満たない(いずれもドルベース購買力平価による)。
最低賃金は、労働者寄りの政党が政権を握っているときのほうが上げ幅が大きかったが、保守派の大統領のもとでも、すべての政権でとはいわないまでも、おおむねかなりの上昇が見られた。残念ながら、近年は賃金の伸びが明らかに鈍化している。インフレを考慮すると、実質賃金の上昇はごくわずかだ。韓国は、成長に向けた処方箋の鍵を握るこの成分を失わないようにしなければならない


