吉野家は、米国産牛肉禁輸前まで、券売機を置かずとも10%近い営業利益率を維持してきた。現在は、米国産牛肉の価格高騰で営業利益率は低下しているが、それでも頑なに券売機を置こうとしない。
「大事にしたい文化とは、サービスで言えば、お客さんと目線を合わせなくても、お客さんの動作の一部始終を把握しているといったことですね」
たとえば、客がお茶を飲むとき、角度が高くなれば、それはお茶の量が少なくなっている証拠。すかさずお茶を追加する。客が食後に胸ポケットを探れば、それは薬を取り出す仕草。すかさず水を持っていく。つまり、客から要求されるより先に、客の動きによって求められるサービスを察知し、要求を満たす。
「牛丼を食べる刹那的な時間ではあるけれど、こうした、お客さんとのメンタルな繋がりを大事にしていきたい。そういうマインドを、心根のところで共有していきたいということなんです」
吉野家が生産性を犠牲にしてまで死守している文化とは、「江戸の粋」だと安部社長は言う。効率を追求しつつ、粋を守る。意地でも券売機を置かない吉野家は、なんともいなせな企業なのである。
【吉野家 DATA FILE(3)】
出店にあたっても店舗ごとの利益率を厳しく規定
牛丼販売中止となった2004年度、営業利益は-12億円。ただし「上期で-24億円、下期で+12億円」の結果だと安部社長は言う。このときは赤字を出してでも営業を軌道に乗せることを優先し、1年後には黒字化を達成。V字回復に向かっている。
(鷹野 晃=撮影 ライヴ・アート=図版作成)