――それはダメですね(笑)。
【為末】個人に置き換えてみると、「自分があのとき考えたことの前提は間違えっていた」ということは日常茶飯事だと思うんです。昨日正しいと思っていた自分の考えは、今日手に入った新しい情報をもとに考えたら間違いだった、ということはよくある。昨日と今日は違うのに、昨日のプランに執着すると、間違ったまま進むことになる。
――練習法でも、昔はいいと言われていたことが、実はすごく体に悪いことがわかった、という場合がありますよね。
【為末】そのことを受け入れられるか、受け入れられないかで、その後の差はどんどん大きくなっていきます。一方で、外から情報を入れるだけでなく、自分の身体的な感触で前提や仮説を修正していくのも大事ですね。「なんか感触として、この練習はあんまり意味ないな」とか。僕が大学生の頃、あるウエイトトレーニングがすごく流行っていました。僕が目標にしていた選手もそれをやっていたので、自分でも2年くらいとことんやってみたんです。でも全然結果がでなかった。結局もとに戻すのにさらにもう1年かかってしまいました。
――為末さんの体に合ったトレーニングではなかったと。
【為末】そうです。統計学には「サンプリングエラー」という考え方があるそうです。異常値にあたるものをサンプルとして重要視することでおきる判断ミスのことです。突き抜けて成功している人、たとえばいま陸上でいえばウサイン・ボルトのような人を真似しても、ほとんどの場合うまくいかない。ボルトのような身体能力を持たない人にとって彼のトレーニングとか方法論は参考にならないんですよ。
――それが「その体に生まれるかどうかが99%」という意味なんですね。
【為末】チャンピオンというのは大体がオリジナルなんです。どんな分野でも天才は例外。圧倒的に優れている人の方法論はほかの人には役にたたないことのほうが多い。ボルトのように生まれなかった人にはボルトのような戦い方はできないんです。