バランス感覚はあったのに…

筆者はこれまで佐藤二朗をバランス感覚に優れた人だと思ってきた。実際に会って話したときの印象もそうだし、「歴史探偵」(NHK)でのMCの様子、5月に出演した「徹子の部屋」(テレビ朝日)で黒柳徹子を相手にしてのトークも非常に抑制されていて、相手の立場を思いやれる人だと思った。

しかし、『週刊文春』にも転載されている4月の佐藤のXへの投稿では(現在は削除)、俳優として何かに妥協したと書き、それを激しく後悔している様子で「自分が表現者として絶対に守るべきことは守るべきだった。芝居の神さまに死んでもお侘びしきれない」と書いていたので、驚いた。

筆者はこれまでも、エンタメの現場で数々のハラスメントを見聞きしてきたが、「芝居の神さま」「表現者、役者として」というワードは要注意である。何人の若い俳優がそういった言葉の下に不当に扱われてきたことか。

職場問題ハラスメントのトリセツ』(村井真子著)では、ハラスメント加害をしやすい人の例として「アンコンシャス・バイアスが強い人」を挙げている。

「アンコンシャス・バイアス」とは自分では気づかないうちに生じる認知の歪みや偏見のこと。(中略)アンコンシャス・バイアスが強い人は、無自覚に自分の考え方・ものの見方が「絶対に正しい」として、他人に押し付ける傾向があります。

その典型的な行動例としては、「『こうすべきだ』という口癖があり、異なる意見を受け付けない」「自分の判断が公平で最良のものであるという根拠のない自信がある」「過去の経験や自分の固定概念に基づき、無意識に他人を批評・選別する」とある。

「芝居の神さま」を信仰する佐藤二朗の思考には、このバイアスがかかっているのかもしれない。

Xでの「数々のほんとうのこと」「嘘はやめてください」という言葉からは、「絶対に自分は正しい」という自信を感じるし、そもそも「役者たるもの、こうすべきだ」という固定概念があるから、「あなたは役者をやるべきではない」と言ってしまったのかもしれない。「表現者として」「役者として」自身を厳しく律することは何の問題もないが、それを他者に強要するとなると話は別なのに。

「好事魔多し」の「魔」とは他人に邪魔されたり災難にあったりするという意味だけではない。長い時間をかけて苦労を重ね、キャリアを築き、ようやく頂点に立ったとき、自分の中の「魔」が悪い方に働いて、トラブルを引き起こすこともあるのだ。

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