吉田茂なら、今の状況をどう捉えるか

吉田茂という政治家は「現実主義」で、その典型が総理大臣として決断したサンフランシスコ講和条約の「部分講和」だとされる。全交戦国との全面講和を選ばなかったことについて、和子さんは〈国際情勢をちょっとみれば、この時点で全面講和が望めるかどうかはあきらかでした〉と書いている。

昨今の「男系男子養子案」に目を転じる。朝日新聞社が6月20、21日に実施した世論調査に、「旧宮家の男系男子を養子として皇族にする法整備を急ぐべきか」という質問があった。結果は「急ぐべきだ」が19%、「急ぐ必要がない」が71%だった。

参考:朝日新聞「旧宮家の男系男子の養子案、「急ぐ必要ない」71% 朝日世論調査

6月11日、天皇陛下はオランダ、ベルギーへの公式訪問を前に記者会見に臨み、前日に衆参両院の正副議長のもとでまとめられた皇族数の確保策についてこう述べた。「皇族数の確保のあり方についての議論においても、国民の皆さんの理解が得られるものとなることを望んでおります」。

参考:宮内庁「オランダ及びベルギーご訪問に際し(令和8年)

X上の「これはもう令和の『世界一丁寧で気高いマジギレ』会見だと思う」という投稿は22日現在で6000万以上再生され、36万「いいね」がついている。

この状況、現実主義の吉田茂なら、どう捉えるだろう。男系男子の養子にこだわらない、むしろ無理と判断する。そう希望的に捉えたい。だって、和子さんにならうなら、「この情勢をちょっとみれば、この時点で旧宮家の男系男子養子案が皇室典範改正案として望めるかどうかはあきらかです」だから。

吉田茂(1878年‐1967年)1947年2月4日撮影
吉田茂(1878年‐1967年)1947年2月4日撮影(写真=首相官邸ホームページ/PD-Japan-oldphoto/Wikimedia Commons

麻生氏からすれば「祖父のレガシーの否定になる」

一方で、皇室典範が施行された1947(昭和22)年の総理大臣は吉田だ。「男系男子」への思いを探るべく、施行前年12月5日の帝国議会衆院本会議の議事録を見た。皇室典範についての議論がされている(第91回帝国議会 衆議院 本会議 第6号 昭和21年12月5日)。

吉田茂は会議冒頭、「なぜ皇位継承権は男系の嫡出子のみか」という質問に短く答えただけだ。「天皇陛下は国の象徴、国民おのおのの象徴」、つまり国民の手本となるべきお方だから、正当の結婚で生まれたお方に限りたい、と答え、こう続けた。

〈御血統の純粹性を保つ上からも、皇室會議の議を經たる、正當の結婚に基づいてお生れになつたお方に限るとすることが適當である、こう考へました〉

お方、という表現が吉田の思いなのだろう。だが、男系男子へのこだわりがどれだけあるかはわからない。この会議、複数の議員が「女帝を認めないこと」について質問しているが、答えたのは金森徳次郎・国務大臣だった。

質問者は全員、「男女平等」を掲げる新憲法との齟齬を聞いていた。金森は、これから男性皇族が皇位継承者にいなくなるという事態は「およそ見透しまする所、容易に起り得ないことのように考えます」と答えていた。今にすればごく甘い見通しだったが、金森は同時に「女性天皇は今後の研究課題」だと繰り返してもいる。

次代の皇位継承者が悠仁さまだけという現状を前に、吉田がどう判断するか。この議事録からははっきりしない。一方、吉田総理のもとで皇室典範が施行されたことは、麻生太郎という人に大きく影響を与えているのだろうということは想像に難くない。

麻生さんにとって女性天皇(たとえば愛子さまだが)を認めるのは、単なる制度の変更ではなく、祖父のレガシーの否定になるのか。と、ここまで考えると何となくだが、彼の頑な感じがわかる気もする。