「偽装」と言われた結婚の内側

しかし、世間はこの結婚を「偽装」と見た。児童への性的虐待疑惑で訴追されていたタイミングと重なったためである。母プリシラでさえ自身の回顧録で「マイケルはリサ・マリーと結婚したのではなく、プレスリー王朝と結婚したのだ」「異性愛者としての良いイメージを必要としていた」と批判的に書いている。

だが、リサ・マリー自身は一貫してこうした見方を否定。1995年6月にはABCの番組「Primetime Live」でダイアン・ソーヤーのインタビューに夫婦で臨み、「恋に落ちたから結婚したのだ」と明言した。マイケルに対する児童虐待疑惑についても「彼はそういう人ではない」と擁護した。性生活についても問われ、「セックスはしているか?」という直接的な質問に、2人は声をそろえて「もちろん!」と答えた。

むしろマイケルは性交渉に前のめりだったようだ。彼は子どもがほしかった。プロポーズのときからそう言っていたワケだし、リサ・マリーには2人の子を産んだという立派な実績があった。マイケルは彼女の連れ子たちをかわいがりながらも、実子を強く望んだという。

しかし、両親の不幸な結婚や自分の離婚を経験したリサ・マリーは踏み切れなかった。それがラブラブだった2人の溝ができるきっかけになった。

「子どもを産ませたら、私を捨てる」

マイケルとエルヴィスの娘の子どもが誕生すれば、2大スターのDNAを引き継ぐ子となり、世間は大騒ぎしただろう。もしかすると、マイケルはそれを狙っていたのかもしれない。リサ・マリーはこう書いている。

彼は私に自分の子どもを産んでほしいと激しく望んでいたけれど、私は嫌だった。最終的に彼は、自分一人だけで子どもを育てる親(保護者)になりたがっているのだと、私には分かっていたからだ。マイケルは何でも自分でコントロールしたがった。母親の影響、いや実際には他の誰の影響も、子どもに与えたくなかったのだ。

私が思ったのは、マイケルは私に子どもを産ませたら、私を捨てて、表舞台(子どもの生活)から閉め出すだろうということだった。私は彼の考えていることが時計の針のように(一目瞭然で)読めた。私はすべてを理解していたし、彼のすべてを知っていた。なぜなら、私たちはただお互いに魂をさらけ出し合って過ごしてきたからだ。私は彼の本質を知っていた。彼は非常に支配的で、計算高い人だった。

リサ・マリー・プレスリー『From Here to the Great Unknown(原題)』を日本語訳