「屈指の繁華街」との絶妙な距離感

4つ目にして最大の要因は、三宮エリアとの絶妙な距離感である。

神戸市は北側に山、南側に平地と海が広がる地形で、南側の平地を中心に発展してきた。コトノハコ神戸は平地と山地の境目にあたる傾斜に位置しており、後ろには雄大な山々がそびえ立っている。

コトノハコ神戸が立地する新神戸駅から電車で1駅、徒歩でも15分ほどの距離に三宮エリアが広がっている。三宮は高架下の商店街や複数の商業施設などが集積し、平日でも多数の人が行き交っている。神戸市屈指の繁華街だ。

三宮エリアの街並み
筆者撮影
三宮エリアの街並み。商業施設が集積し、再開発も進んでいる
三宮センター街をはじめ、平日でも多数の人で賑わう
筆者撮影
三宮センター街をはじめ、平日でも多数の人で賑わう

新神戸―三宮間は歩ける距離感で、電車やバスも通っているが、目的がなければ行き来しない。新神戸で新幹線を降りて三宮に向かう人はいても、三宮から新神戸へ買い物や飲食を目的に来る人は少ないだろう。

ここまで挙げた4つの要因、迷路のような構造、観光客の素通り、運営主体の度重なる変更、そして三宮との絶妙な距離は、対等に並んでいるわけではない。

集客力のある立地であれば、迷宮的な構造はむしろエンタメ性として機能したはずだ。三宮ほどの繁華街が徒歩圏になければ、新幹線で降り立った観光客も館内を一周しただろう。施設の収益が立ち上がっていれば、運営主体がこれほど短いサイクルで切り替わることもなかった。

つまり「構造」「観光客」「運営」の3要因はそれぞれ独立した問題ではなく、最大要因である「三宮との距離」によって増幅され、表面化した症状にすぎない。コトノハコ神戸が抱える本質的な問題は、やはり三宮の近くに建設してしまったことなのだ。

「通過点」になる運命だった

そもそも新神戸駅は、開業の瞬間から神戸市民にとって「通過点」になることが運命づけられていた。

新神戸駅は市内で唯一の新幹線駅であり、1972(昭和47)年の山陽新幹線の新大阪駅―岡山駅間の開通と同時に開業した。

三宮は古くから市街化されており、ここに新幹線駅を設けるほうが便利に思える。しかし三宮は狭い平野部で、JRや私鉄が集中しており、騒音問題もあることから新幹線を新設するのは困難であった。

その結果、現在の位置に新神戸駅が新設されたものの、JRの在来線が通っていないため乗り継ぎが不便である。なおかつ東京方面へ向かう場合、山陽新幹線からの直通列車しか通らない新神戸駅よりも東海道新幹線の始発のある新大阪駅のほうが本数が多いため、神戸市民でも新大阪駅を使う人が少なくない。

新神戸駅自体が、市民の動線からも観光客の動線からも外れた「通過点」なのである。