経営力がなくても生き残れた

ひとつは「経営力」である。私立大学はこれまで「経営」がなくとも組織として生き残ることができた。少子化が始まっても文科省が各大学に割り当てる定員をコントロールすることで、弱肉強食の食い合いにはならずに済んできた。

学生に人気のある早稲田や慶應義塾や、MARCH(明治、青山学院、立教、中央、法政)など上位校の定員を「厳格化」することで、中下位の大学に学生がまわり、経営を安定化させる。かつて銀行業界で行われてきた弱いところを助ける「護送船団方式」とも言える施策が取られてきた。

慶應義塾大学
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東京都にある大学の定員管理を厳しくして地方大学に学生を回すというのも同じ発想だった。だが、それ以上に18歳人口の減り方が激しさを増してくると、もはや定員調整ですべての大学を生き残らせることは難しくなる。

文科省はここ数年、大学の統合を進める施策を強化していた。いよいよ数を減らすことで人口減少に対応せざるを得なくなってきたのだ。私立大学に先駆けて、国立と公立の統合などが全国に広がったが、私立大学どうしの統合はなかなか進まなかった。財務省が「250大学削減」という荒っぽい主張を始めた背景には、進まない統合の背中を押す狙いもありそうだ。

私学行政の残念な現状

銀行業界の先例を見ても分かるように、本来ならば「強いところを強くする」戦略を取ることが、国益や学生の利益にもかなうはずだ。入学定員の枠を役所が決めるのではなく、大学に自由に決めさせれば、より良い教育を行い、多くの学生の支持を得る大学が生き残るはずだ。

文科省にもごく一部、自由競争論者がいるものの、大概出世できない。私立大学は地域の名士が設立したところが多く、いわゆる文教族と言われる議員と密接につながっている。自由競争になれば負ける大学は、必死で護送船団方式の継続を働きかける。今の文科省の私学行政は、経営力ではなく政治力で大学を存続させようとしている私学経営者と文教族議員に牛耳られている。

現状でも私立大学の半分が赤字経営に陥っている中で、今後、国を頼りに生き残るのは難しいのも明らかだ。そうなるとまともに大学経営ができる「経営力」を備えた経営者がいるかどうかが問題になる。しかも生半可な経営者では、一部の上位大学を除いて生き残りは難しい。