人がどうしてもモノを買いたい衝動に駆られるのはどういうときだろうか。商品の魅力もさることながら「この人から買いたい」と思わせる力が大いにかかわってくるはずだ。そんなセールスの極意を、現場の最前線で働く辣腕営業2人に聞いてみた。

まずはビジョンに共感してもらえるか

森ビル 吉田誠 
1971年、栃木県生まれ。94年、慶応大学商学部卒業後、森ビル入社。管理部門などを経て、営業本部商業施設事業部へ。以後、営業畑を歩く。お台場のヴィーナスフォート、表参道ヒルズなどの大型テナント誘致を手がける。

森ビル・営業本部商業施設事業部・商業営業部で課長を務める吉田誠さんは、お台場のヴィーナスフォートなど、大型商業施設を中心としたテナント誘致を手がけてきた。ビルに出店するテナントの規模や業種などを吟味し、適正な構成にするテナントミックスと、そのテナントを誘致するリーシング(仲介業務)が主たる業務である。そこには大型物件ならではのアプローチ法があるようだ。

「担当物件だけではなく、建物を中心にした新たな街づくりや地域の活性化をにらんで、リーシングを進めていきます。今は東京・虎ノ門の新たなビルを手がけていますが、ビジネス街であるこの地区にどんな新しい魅力を吹き込めるか、街をどのように変えていけるかといったグランドビジョンのもと、テナント候補にアプローチします」

オーナーにはまず街の将来像を説明する。こういう街づくりを考えているとプレゼンし、その目標を目指して一緒にやりませんか、と提案するのだ。

「そこに共感してもらえるかどうか。これが最初の関門ですね」(吉田さん)

では、そこからどういった順番でスマートにクロージングへと持っていくのだろうか? 吉田さんからは意外な答えが返ってきた。

「特に決まったやり方はないんですよ。相手がエリアの話から入ってきたら、その話をしますし、いきなり条件を持ち出されたら、条件に集中する。窓から見える景色の話なんかをすることもあります。とにかく相手の話の流れを遮らないように心がけるんです」

ヴィーナスフォートの案件で他社と合弁で仕事をしたとき、相手側の役員に「吉田さんのいいところは、どんな話にでも合わせられるところだ」と褒められたという。営業たるもの、つい自前のセールストークに力が入りがち。相手が別のところに関心を示していても構わず、自分が売りたい部分を強調したくなる。しかし無理に話を遮れば、共感や同調といった感情は引き出しにくくなる。