ファストな流行、スロウな文学

【落合】純文学のいいところは、どの断片で切っても味わい深く感じられるところです。流行っているエンターテインメントの多くはファストですが、文学はスロウです。スロウな文学は、物語をゆっくりと読んでいけばある程度の読了感が得られるし、吟味しながらでもラフにでも、好みに合わせた多様な読み方ができます。だれでも、何度でも読める作品となるには、作品内に読み応えや味わいがたっぷり含まれていないといけません。

田中慎弥・落合陽一『堕落論 住めば都のディストピア』(徳間書店)

人が文学を読まなくなり、読み慣れている人が減ると、文学の味わい方、噛み締め方もなかなか伝わりづらくなっていってしまいます。それは端的に言ってもったいないことです。素早く消費したりシェアできるものが増える一方です。この流れはまだまだ加速していくでしょう。そうした時代の流れには抗えないにしても、そのなかで?み応えのあるものが出てくるのを期待したいですし、味わいのあるものをつくっていきたいと強く思います。

そのときに、物語というものをどう捉えるかが問題になりそうです。物語なしに人は生きられるのかどうか、最近そのあたりに興味があります。

瞬間的な反応を繰り返すだけの生

【田中】物語は昔からあったし、いつの時代にもあって、すばらしいものとして大事にされてきました。いまももちろん物語は巷に溢れているように一見思えます。ただ、すべてがぶつ切りになりながら、ものすごい速度で流されていく時代です。

物語にどっぷり浸かるということが、なくなってきているのではないかという気はします。かつては政治的な物語や戦争をめぐる物語など、大きい物語の中にみんなが有無を言わさず放り込まれていました。そういうことは減って、大きい物語なんてなくても生きていけるようになってきたのではないでしょうか。

たとえば政治の分野でも、本来なら大きい物語を紡ぐべき為政者の語る物語の内容が、今日と三日後で違っていたりするのが現代です。それは「大きい物語」「小さい物語」という以前の、刹那的反応でしかありません。私たちはもう瞬間的な反応をすることを繰り返して生きていくしかなくなっているのかもしれない。継続して何かを考え続け、その考えを踏まえて実践しながら進んでいくという生き方は、選びづらくなってきています。それがいいことなのかどうか。私は息が詰まるし、生きづらいなと思うばかりですが、皆さんはどうなのでしょう。

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