味わい深いJTCエピソードの数々

学生時代の同級生などに話を聞いても、味わい深いJTCエピソードが山のように存在するようだ。例えば、紙資料のホチキス止めの位置・角度について上司に注意されたとか、文書システムを更新したら印刷のやり方が変わり、印刷に手間取った役員が激怒したとか、社長を待たせる時間を1〜2分削るために従業員が資料を抱えて数百メートル全力疾走することが事務マニュアルに記載されているとか、笑えるような笑えないようなエピソードが山のようにある。

決裁や資料回覧の際に判子はんこを上席者のほうにやや傾けて押すという「謎文化」も、少なくとも筆者が社会人になった頃には既に謎文化扱いだったと思うが、それから15年以上経った現在でも一向になくならない(「判子」文化自体をなくそうとする動きは一時期高まったが)。新入社員・若手社員に宴会で一発芸を強いるという文化はほぼ消滅したように見受けられるが、15年かけてその程度の進展しかなかったのが日本企業の現実である。

筆者も日本で生まれ育った日本人として日本企業を応援したい気持ちは山々だし「JTC」が悪口になっている状況(いにしえの「ジャパン・プレミアム」を彷彿ほうふつとさせる)に対して忸怩じくじたる思いもあるのだが、こうした事例を見聞きするにつけ、日本企業の将来は暗そうだと思ってしまうのも正直なところである。

今見直すべき古いJTCカルチャー

これだけ人手不足が社会問題になり、人材獲得競争が激化しているとされる中でも、どういうわけかこうしたJTCカルチャーは見直される気配がないように見える。

若年層の獲得・定着という点ではJTCカルチャーを見直したほうがいいだろうし、また賃上げと比べてはるかに企業にとっての外形的な「コスト」は小さいはずだが、それにもかかわらず手を付けられないという状況自体が、問題の根深さを表していると言えるかもしれない。

林正浩(2024)のJTC具体例のうち、「上意下達」や「縦割り組織」の是非はケースバイケースかもしれない。特に「上意下達」については、経営者が十分に優秀であれば、ポジティブでもあり得る。特に、カリスマ経営者が一代で築き上げた大企業などは、「上意下達」を武器にして急成長を遂げた面もあるだろう。ただ、天才的な経営者が何代も続くわけではないだろうから、どこかのタイミングで見直しは必要になるだろう(天才は希少だからこそ天才と呼ばれるのである)。

一方、「伝言ゲーム」や「過剰な忖度」は明らかに無駄であり、日本企業の生産性の低さに寄与しているとみられる。場合によってはさらにたちの悪い問題(品質不正など)などにつながることもあるだろう。特に、「過剰な忖度」は極めて危険である。「忖度」により真実がじ曲げられ、正確な情報がトップに上がらなくなれば、その企業は破滅に向けた序曲を奏で始めたと言っていい。