信長の次男・信雄の供養塔もある

数段の石段の先には、こじんまりだが屋敷跡とはっきりわかる平坦地。直線的に並ぶ列石や礎石らしき平べったい巨石は遺構だろう。屋敷跡には信長の次男・織田信雄と、彼の子孫を含む四代の供養塔がある。江戸以降に建立されたもので、経緯は定かではない。

伝・長谷川秀一邸の玄関より全景
撮影=今泉慎一(風来堂)
伝・長谷川秀一邸の玄関より全景
信雄四代の供養塔が並ぶ、奥の一段上がった平坦地
撮影=今泉慎一(風来堂)
信雄四代の供養塔が並ぶ、奥の一段上がった平坦地

邸跡の東側のすぐ上が伝・二ノ丸、続いて天主だ。もしや、通常の天主へのルートとは別に、殿とこっそり密会するための隠れルートがあったのでは? と邪推してしまったが、それらしき跡は残念ながら見当たらず。黒金門の奥と一続きの高石垣がそこにはそびえていた。

伝・長谷川秀一邸東に見える高石垣
撮影=今泉慎一(風来堂)
伝・長谷川秀一邸東に見える高石垣

秀一邸は尾根先にあり、その下には縄張図上では、伝・森蘭丸邸がある。目を凝らして道を探してみたが、黒金門手前から入る道同様、ヤブに閉ざされていた。

伝・長谷川秀一邸から伝森乱丸邸方向
撮影=今泉慎一(風来堂)
伝・長谷川秀一邸から伝・森蘭丸邸方向