“信仰ある看護婦が必要”と教わった和

なにせ、和の学んだ櫻井女学校附属看護婦学校はできたばかり、教師はアメリカ人だし、使っている教科書は全部英語である。そんな状況で学んでいたら、自己肯定感も増してさらに猪突猛進になるのはいわずもがなだ。

しかも、学校の教育方針も熱い。和は創立者であるマリア・T・ツルーにこう教わったと記している。

ミセス、ツルーは常に私共に対して、看護婦の責任の重大なるを教え、且つ国を強くするには人を健全にせねばならぬ、人を健全にするには信仰ある看護婦がなければならぬ。私はにほんのために善良なる看護婦を養成せんとて、慈善家の賛助を求むる画、お国は一向同情して呉れず、思うように拡張することが出来ない。どうかあなた方が責任を自覚して献身的に働いて貰いたいと、繰り返し繰り返し教えられました(大関和子「献身の覚悟で看護婦となる」『婦人之友』7巻11号)。

うーむ、決して予算は潤沢ではないけど、責任を持って看護婦としての技術を磨いて世のため人のために献身して欲しいということか。これは、明治維新によって士族としてのプライドを失い、“夫に捨てられた女”としてのプライドも失った和の福音になるのも当然だ。