CDを聞いて読経を染み込ませる
「臨済宗ですね。わかりました。なんとかやってみます」
私がそう言うと、堀江さんはおおげさに喜んだ。
「いや~、ありがとうございます。恩に着ます。松谷さんみたいになんでもやってくれる方がいると、僕らも助かりますよ」
褒めているのか、腐しているのか、よくわからない。こうして依頼を引き受けたわけだが、こうなった以上きっちりと仕事を成し遂げる必要がある。
臨済宗の経本は以前購入して持っているので問題ないが、大事なのはいかにも臨済宗僧侶らしい雰囲気と読経時の音調である。これは一朝一夕では味が出ない。
私はネットで中古CDを注文した。世の中、便利になったもので、各宗派ごとの僧侶の読経・勤行の音声を収めたCD(※4)が発売されているのだ。到着したCDを繰り返し聴き、臨済宗の読経を身に沁み込ませた。さあ、準備は万全(※5)だ。
※4 CD
「真言宗の法要」とか「曹洞宗の読経」といったもので、そもそも誰がそのようなものを必要とするのかよくわからない。まさかニセ坊主の勉強のために売り出されているはずもないが……。
※5 準備は万全
読経の稽古とあわせて衣装と小道具の準備。宗派ごとに法衣や袈裟、数珠や鳴り物(「打ち鳴らし」「引金」などさまざまな名称で呼ばれる)、その他法具も異なる。さすがに1回の法事のためにそこまでの投資はできないため、禅宗(臨済宗など)で使う絡子という袈裟と、宗派超越的(どの宗派のものでもない)数珠、手持ちの引金で対応することにした。
運の悪い出来事
5月初旬、朝から抜けるような青空が広がる法要日和、多磨霊園で行なわれる藤井家三回忌法要に向かった。予定20分前に到着すると、机と香炉、打ち鳴らし(鈴)が置かれていた。藤井家の人たちはまだ誰も来ていない。
ふと見ると藤井家の墓の右隣にもほぼ同じしつらえの机がある。広大な多磨霊園の中、隣同士で似た時刻に法要が行なわれるのは珍しい。
とはいえ、藤井家の法要は午前11時スタートで、じつはこの時間はゴールデンタイム(※6)でもある。法事のあと、みなで会食というケースが多いからだ。
隣同士で2人の僧侶が別々のお経を読めば、読経の音が被ってしまう。お隣さんは11時半くらいからだといいのに、と考えていた。
藤井家の人々が集まり出したのと時を同じくして、隣の墓にも数名黒い服の男女が現れた。運悪く双方とも11時スタートらしい。
※6 ゴールデンタイム
霊園での法事は土日の10時半から13時半くらいまでに行なわれるケースが多く、中でも11時から11時半スタートが過半を占める。最近では施主が開始時間に遅刻してくることも多くなった。これも僧侶への敬意が失われていることの一例な気がする。

