葬式や法事に「派遣される僧侶」がいる。住職の松谷真純さんは「宗派違いの法事の依頼が舞い込んだことがある。中古CDで読経を練習し、袈裟はヤフオクで1500円の中古品を買って準備した。ところが当日、隣の墓でホンモノの臨済宗僧侶が法要を始めた」という。派遣僧侶が冷や汗をかいた一部始終を明かす――。

※本稿は、松谷真純『葬式坊主なむなむ日記――檀家壊滅! 還暦すぎて派遣で葬儀に出かけます』(三五館シンシャ)の一部を再編集したものです。

墓の前で祈る僧侶
写真=iStock.com/SAND555
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かなり気が引ける仕事

都立多磨霊園は日本で最初の公園墓地である。霊園の門をくぐると、そこには128ヘクタールの広大な敷地の中に不思議な異空間(※1)が広がる。

とくに目を奪われるのはさまざまな形状の大小の墓で、日露戦争の天王山・日本海海戦でバルチック艦隊を打ち破った東郷平八郎、太平洋戰爭劈頭へきとう時の真珠湾攻撃の立案者たる山本五十六いそろく、2人の連合艦隊司令長官の大きな石碑が並ぶ様子はなかなかの奇観だ。

私はこの霊園での仕事が入ると、2人の提督の墓の前で合掌する。すると東郷平八郎のほうにより霊威を感じる(※2)。下請け坊主にすぎない私も一応の仏道修行はしたゆえにか何がしかの感受性を持っている。

……なんてことを言いながらも、今日の仕事は宗門に属する僧侶としてはかなり気が引けるものだ。

依頼元は、個人で葬儀法要の紹介業をしている堀江さんで、彼からはたまに法事か葬儀の依頼がある。じつのところ、私は堀江さんの選ぶレギュラー選手ではない。堀江さんが懇意にしている僧侶は宗派ごとに何人かいるらしいが、私は補欠で、レギュラーの都合が悪い場合に限ってのみ、お声がかかる。

堀江さんから電話があったのは数日前のこと。

「臨済宗なんですけど、松谷さん、なんとかできませんか?」

堀江さんが頼み込むように言う。たまたま臨済宗の僧侶がみな都合がつかず、私にピンチヒッター役が回ってきたのだ。

本来、こうした宗旨違いの仕事(※3)は受けない。だが、少しでも仕事を受けて収入を増やさなければならない私の立場ではそうもいかない。それに今回断れば、補欠の私に次の機会が回ってこなくなるかもしれない。そんなことを言い訳に、ある時期からかなり無茶な依頼でも黙って受ける習慣がついた。

※1 不思議な異空間
ヨーロッパの都市の広場にも似た円形のロータリーの先に放射状に道路・歩道が続き、古代ローマの建物もかくやと思わせる古風なアーチ状の塔、街路樹、鬱蒼とした植樹群が点在する。
※2 霊威を感じる
東郷平八郎は、東郷神社(渋谷区神宮前)で「勝利」「至誠」「強運」などの神徳を持つ祭神として祀られている。
※3 宗旨違いの仕事
たとえるなら、フレンチのシェフに懐石料理を頼むようなものだろうか。包丁は使えるし、出汁もとる。料理の基礎は同じだが、本職ではない。
無難にそれらしい味を出すことはできるかもしれないが、高い期待には応えられない。それに見る人が見ればわかるだろう。そもそも本職のフレンチシェフなら懐石料理を頼まれても断るはずだ……。