ニセ坊主、大ピンチ

「今日はお世話になります。上題寺のものです」

藤井家の代表の70歳くらいの男性にあいさつをする。この名称は、依頼元の堀江さんからそう言うように指導を受けたものだ。「上題寺」について何か質問を受けたら困るわけだが、そのときはそのときで適当に答えようと腹をくくっている。施主はそれ以上、何も聞いてはこない。すると次の瞬間、驚くべき事態が出来しゅったいした。

墓と墓のあいだの歩道をこちらに向かってゆっくりと歩いてくる僧侶の姿は明らかに臨済宗の僧侶のつける法衣、袈裟(絡子らくす)だったのである。

それだけではない。その法衣と袈裟は遠目からも正絹しょうけんの高級品であることがわかる。

悲しいことに私がつけている袈裟はヤフーオークションで1500円で入手した中古の安物で、見る人が見れば、グレードの差は歴然(※7)だ。

まずい! 対応力の高いプロのニセ坊主たる私はただちに危険回避の手段をとった。

青空を背景に並ぶ墓石
写真=iStock.com/nukopic
※写真はイメージです

※7 グレードの差は歴然
法衣の品質はすべて値段で決まるといえる。同業者であれば、このときの私の法衣姿を一瞥するだけで「貧乏坊主」とすぐわかるはずだ。

作戦その1「カメレオン擬態」

ホンモノ僧侶が隣の墓に着く前に、ごく自然に法衣バッグを開け、着用していた袈裟を外し、仕舞い込んだ。同時に茶色の如法衣にょほうえという別種の大きな法衣を取り出し、瞬く間に左肩から右脇下を通し、紐を結び着用した。

如法衣を使う宗派は多く、パッと見ただけではどの宗派かすぐに判別することはできない。いわば如法衣着用による“宗派のカメレオン擬態作戦(※8)”だ。これにより隣のホンモノ僧侶に疑念を抱かせないようにと考えたのだ。たまたま法衣バッグに入れていた如法衣が奏功した。

私は改良服と称される簡易な黒の法衣を着ている。ふつうはこの法衣の上に如法衣をつけることはありえないのだが、一般の人にはそんなことはまずわからない。同業者も「他宗派にはそんなこともあるのかな」くらいに考えるだろう。実際、藤井家の人たちはこれが読経の準備とでも思っているのか、とくに関心を示していない。

※8 宗派のカメレオン擬態作戦
厳密にいえば、如法衣は宗派ごとに着用する方法が違うが、僧侶の中にも自己流で着用する人もいるため、同業者でも細かいことを見咎めるようなことはない。