アドレナリンを充満させ「ふおっ」とうなる
2008年夏から、山奥の観察地点に瘦せたメスグマが来るようになった。そのクマは、ひと時も動きを止めることなく小刻みに体を動かしていた。8月20日、そのメスグマが奇妙な動きをした。私の右手15メートルの所へぱたぱたと急ぎ足で来て、チベット仏教での「五体投地」のように地面に体を投げ出したのだ。
両前足をまっすぐに伸ばして腕の上に頭を乗せ、先を10数秒間じっと見続けると、おもむろに立ち上がって右手のほうへ駆け去った。何か行動を起こす前の類型的な動きに思えた。視線の先は広く平らな沢から続く、緩い斜面へ登る際だ。
8月28日と9月4日・10日にも瘦せグマは見回しては帰った。14日、この日も同じ動作をしたと思ったら、伏せたまま右前足を極限まで伸ばして地面を掘り始めたが、4メートル先のクマは近過ぎてビデオカメラを回せない。
ついにクマの心にアドレナリンが充満したようだ。「ふおっ、ふおっ」とうなり続けながら右手で地面を搔いた。体を平らにして右手で地面を搔いている、どうしたことか左手の掌で鼻先を覆い、うなり声を上げる。
クロスズメバチ30匹vsツキノワグマ
「わっ」とクロスズメバチが30匹ほど舞い上がった。クマは鼻先・顔を両手で強く撫で回し、後ろへ、でんぐり返って体を横転させながら逃げた。クマが体を横転させて移動するのは初めて見た。クロスズメバチの巣から10メートルほど離れても、ひーひーと悲鳴を上げながら、体中を搔き続けた。
そんな目にあってもクマは10分ほどで再攻撃にかかり、体を平らにして匍匐前進するのだが、そのとき露出している鼻鏡を左の掌で覆った。ツキノワグマはハチに刺されないように、最初から掌で自分の鼻鏡を覆って防ぐわけだ。北極圏に棲むシロクマも、アザラシを襲うとき黒い鼻鏡を左の掌で隠して匍匐前進するそうだ。
クロスズメバチにまたもや撃退され七転八倒して痛がっていたが、ブナの木にもたれ、お座りして巣のほうをうかがっている。すると、小走りで巣に駆け寄り、クロスズメバチの巣穴を掘り始めた。
今度は明確に掘り出すらしく、笹や木の根を爪でぶちぶちと断ち切る音が響く。


