レンゴー社長の大坪清は、一連の派遣切りに対して違和感を持った経営者の一人である。
「確かにリーマンショックは日本の経営者を心理的に萎縮させたとは思います。その結果、固定費ではない変動費扱いの派遣会社との契約を一気に打ち切ってしまった。しかし、私自身は長期的に見て、いくらアメリカの影響があるといっても派遣を一挙に切ってしまう必要はなかったと思っています。1990年代にIT革命が起こり、00年以降、時代はニューエコノミーだという表現がずっとされてきたが、今回の派遣切りはニューエコノミーじゃない。90年代と変わらんじゃないかというのが私の率直な思いでした」
ニューエコノミー論とは、ITにより企業内での情報網が整備され、調達・生産・在庫・販売の各局面における最適化が進み、それまでの見込み生産によるタイムラグで発生していた景気循環が消滅するという議論である。大坪はニューエコノミー論をさらに発展させて日本企業の経営者にこう苦言を呈す。
「ニューエコノミー論には経済だけではなく、社会のあり方も変えていこうという発想もあったのです。一時、会社は誰のものか、という議論がIT革命以降流行し、アメリカ的な株主資本主義が叫ばれるなど、日本企業はずっとそれに対応せざるをえない状況が続いてきた。これは悲しいことです。日本の経営者はここで踏ん張って日本のニューエコノミー、ニューソサエティーとはこういうことだと示すべきだった。ところがキヤノン、トヨタといった日本を代表するトップ企業が派遣を切る事態になった。本来なら、そういう企業こそ率先垂範して日本の社会のあり方を企業として見せるべきだったのです」
大坪はそもそも人を変動費化することに大反対だ。それは人を商品化することであって絶対にあってはならないことだと言い切る。
「経済は土地と資本と労働を使って、対価である商品・サービスをつくり出すというのが大前提です。なかでも労働は一番神聖なものです。派遣というのは変動費でカバーする以上、商品化していることと同じなのです。株主への配当を削ってでも労働は守ったほうがよいというのが私の基本的な考え方です」
大坪のこうした信念が派遣社員の正社員化に踏み切った一因ではあろうが、もちろんそれだけではない。業務の効率化による生産性の向上という狙いもある。
大坪は業務の効率化を阻む要因として前述した派遣と正社員の混在を指摘する。
「これまでは派遣の人と正社員では一緒に仕事をしているのに作業着の色も違えば、帽子のマークも違っていました。そうすると心理面でも『これ以上やっても自分は正社員じゃないから』という気持ちがどこかにあるわけです」
【1】(http://president.jp/articles/-/1104)の大坊の独白と一致する。こうした萎縮した職場の雰囲気下では互いに意思の疎通を欠き、仕事に対するモチベーションも上がりにくく、結果として生産性の低下を招きやすい。とりわけ製品のロス率に大きく影響する。そのために正社員化することで見えない壁をなくそうとしたのである。
(文中敬称略)