日本経済の中核を担う製造業。その最前線の工場には身分の異なる2種類の労働者が存在する。1人は月例給と賞与が保証され、なおかつ期間の定めのない、いわゆる終身雇用の正規社員であり、もう1人は、わずか3年で雇用期間が終了し、正規社員より処遇が劣る派遣社員である。製造現場の階層化はいったい何をもたらしたのか。
「制服が違うことよりも何か近寄りがたい感じがありましたね。一緒に喋ってはいけないような雰囲気があり、休憩中も別々に集まっては小声で話をしていました。なんでこんな小声で喋らないといけないんだと、よく仲間内で語っていました。不良品が出ると、どうせ俺たちには関係ないよという雰囲気があり、上司もどうせ彼らがやっているんだからしょうがないなと思っていたのではないでしょうか」
ある男性の派遣社員は製造現場の実態をこう吐露する。2003年の労働者派遣法改正により、国策でつくり出された「製造業派遣労働者」は“身分格差”を内包したまま、一時は100万人を超え、日本の製造業を底辺で支えた。しかし今や経済不況の直撃を受け、大量の“派遣切り”に象徴される構造的矛盾を一挙に露呈し、中途解約、雇い止めに踏み切った企業はマスコミをはじめ世間の指弾を浴びた。
先の男性は05年に派遣先の子会社の派遣会社に入社した。しかし、多くの派遣社員が雇い止めに遭うなかで、彼は晴れて派遣先の正社員に登用された。彼の名は大坊幹博、30歳。派遣先は段ボールメーカー国内最大手のレンゴーである。しかも彼だけではなく、派遣社員ほぼ1000人が正社員に登用された。
派遣切りや正社員のリストラの猛威が吹き荒れるなかでの大量の正社員化を世間はちょっとした驚きをもって迎えた。本来、企業にとって派遣社員の魅力はコスト圧縮と生産量の多寡に応じて要員を調節する雇用の調整弁としての機能であったはずだ。事実、レンゴーも00年以降、輸送部門の子会社だったレンゴーサービスを人材派遣会社に切り替え、そこで雇った社員を全国のレンゴーの工場に供給してきた。
急激な需要の落ち込みで生産量が低下すれば、派遣契約を打ち切るのは当然と考えるのが普通の経営者の感覚だろう。実際に相次ぐ派遣切りに対するマスコミの批判的報道に「どこが悪い」と開き直る経営者や人事担当者も少なくない。にもかかわらずレンゴーはあえて正社員化に踏み切った。その理由はどこにあるのか。
直接の契機は2009年問題だった。07年に製造業派遣期間の期限が1年から3年に延長されたが、3年後には直接雇用に切り替えるか、一定期間のクーリングオフを経て再び派遣社員として雇い入れるか、請負契約にするかの選択を多くの企業が迫られていた。ところが経済不況による需要縮小で渡りに船とばかりに多くの企業は派遣切りに走った。レンゴーが正社員化に踏み切ったのは「業務の効率化による生産性向上」と雇用に関する「社会的不公正の是正」という大きく2つの狙いがあった。
(文中敬称略)