AIへの態度は道徳的リトマス試験紙

Q子どもがAIに暴言を吐いている。許容してよい?

リビングで子どもがAIスピーカーに向かって「バカ!」「うるさい!」と叫んでいる。こうした光景は、現代の家庭では珍しくないものになりつつあります。

「相手は感情のない機械なのだから、何を言っても構わないのではないか」
「ストレス解消になるならいいじゃないか」

そう考える方もいるかもしれません。しかし、道徳教育の視点からいえば、この「対象が機械なら何をしてもいい」という態度は、子どもの「心の育ち」において非常に危険な火種をはらんでいます。

安井政樹『「考える力」と「好奇心」をぐんぐん伸ばす AI×学び入門』(日経BP)
安井政樹『「考える力」と「好奇心」をぐんぐん伸ばす AI×学び入門』(日経BP)

道徳における「誠実さ」や「礼儀」とは、本来、相手が誰であるか(あるいは人間であるかどうか)によって使い分けるものではありません。それは、自分自身が「どのような人間でありたいか」という自律の表現なのです。

幼少期の子どもは、周囲の世界を擬人的に捉える傾向(アニミズム)があります。子どもにとって、語りかけてくるAIスピーカーは、単なるプラスチックや金属の塊ではなく、人格に近い「何か」です。その「何か」に対して暴言を吐くことを自分に許してしまえば、子どものなかで「自分の思い通りにならないものには、攻撃的な言葉を使ってもよい」という回路が形成されてしまいます。

親がAIに対して丁寧な言葉を使い、「アレクサ、ありがとう」と一言添える。

その姿を見せることは、AIを擬人化してあがめるためではありません。「どんなときでも、自分は乱暴な言葉を使わない人間である」という自己規律(セルフ・コントロール)を子どもに示しているのです。

ネット上の匿名掲示板やSNSで、顔の見えない相手に平気で石を投げる大人が増えている現代。その根っこにあるのは、こうした「相手が自分を傷つけ返さない存在なら、何をしてもいい」という、いわば他律的な甘えです。

AIへの態度は、将来、その子がデジタル空間という「見えない他者」とどう向き合うかを占う、最初の道徳的リトマス試験紙のようなものなのです。

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