大切なのは自分で考えること

人の気持ちは、そもそも正解があるものではありません。相手が何を考え、どう感じているかは、最終的には、その人にしかわからない。

だからこそ、「どうして怒っているんだろう」「何が原因だったのかな」と、自分な

りに考え、振り返ることに意味があります。このとき、

「ケンカしてしまったんだけど、何が原因だったと思う?」

「自分の言動で、まずかったところはあったかな?」

といった振り返りの相談としてAIを使うのであれば、それはひとつの使い方かもしれません。

しかし、「相手はこう思っているはずだ」「こう感じているに違いない」と、相手の気持ちそのものをAIに判断させてしまうと、自分で考えるべきいちばん大切な部分を、外に預けてしまうことになります。

人を思う力は、答えを知ることでは育ちません。悩み、迷い、わからなさを抱えながら、それでも相手に向き合おうとするなかで、少しずつ育っていくものです。

ロボットと人間の手がお互いを指し示す
写真=iStock.com/KamiPhotos
※写真はイメージです

AIで再現できない歴史上の人物の気持ち

これに関連して、ちょっと気になることがあります。

最近では、歴史上の人物をAIとして再現し、質問できるような学習も考えられています。これは、学びの入り口としては、とても面白い試みです。

ただし、ここには重要な前提があります。歴史の資料からわかるのは、「何が起きたのか?」「どんな行動をとったのか?」という事実。「そのとき、どんな気持ちだったのか?」については、多くの場合、書き残されていないのです。

それにもかかわらず、AIはまるで本当にそう思っていたかのように、感情を語ってしまうことがあります。

これをそのまま信じてしまうとしたら、それはAIリテラシーが十分だとはいえません。事実を聞くことと、気持ちを断定することは、次元が違います。この違いを、大人が意識して伝えていく必要があるのです。