1日におよそ4000人が亡くなり、主に火葬が行われている。臨床死生学を研究する坂口幸弘さんは「日本のように遺骨を手元に置く習慣は欧米にはない。近年まで火葬後に近親者が集まり遺骨を粉にして服用するなどの慣習もあった」という――。

※本稿は、坂口幸弘『人は生きてきたように死んでいく』(光文社新書)の一部を再編集したものです。

埋葬式に参列する仏教僧侶や遺族
写真=iStock.com/Zoey106
※写真はイメージです

遺骨をつぼに収める習慣は珍しい

日本人の死に関する意識の中でも、遺骨に対するこだわりは、世界的に見て非常に強いといわれている。国内外での戦没者の遺骨収集事業は、日本人の遺骨への特別な思いを象徴するものといえる。

死者の骨に対する特別な観念は、「遺骨」という語に含まれる「遺」の字にも表れている。この言葉は、故人が完全に無になったのではなく、その存在がなお続いていることを強調するものである。

火葬後に行われる収骨(骨上げ)も、欧米には見られない習慣であり、遺骨に強いこだわりを持つ日本人ならではの文化といえる。そもそも現在のような火葬場での収骨は、20世紀以降、火葬技術の向上や火葬の普及に伴って儀礼化した慣習であり、その歴史は決して長いとはいえないが、日本の葬送文化として深く根づいている。死者の骨を拾うという行為は、異文化の人々から見れば奇異に映るかもしれないが、その行為に違和感を覚える日本人は少ないだろう。

8割が「遺骨は神聖なもの」と回答

では、現代社会において、日本人は遺骨をどのように捉えているのだろうか。

私どもの「関西学院大学 悲嘆と死別の研究センター」が2024年に実施した意識調査の結果を紹介したい。この調査は、喪主経験のある40歳から79歳の男女500人を対象に、遺骨に対する捉え方、いわゆる「遺骨観」について尋ねたものである。

主な結果として、回答者の8割以上が「遺骨は神聖なものであり、大切に扱うべきである」「遺骨を粗末に扱うとバチがあたる」と認識していた。一方で、「遺骨を見るのは怖い」「遺骨は気味が悪い」といった回答は約2割にとどまっていた。

この調査では、喪主経験者に自身の死別経験を踏まえて回答してもらっており、身近な人の遺骨を想定していると考えられる。したがって、現代の多くの日本人にとって、少なくとも家族や親族の遺骨は、恐怖の対象というよりも畏敬の念を抱く対象であることが示唆される。