「当たり前」だから正解がない

「当たり前」でありながら、いや、だからこそ正解がない。万人と信頼関係を築ける人は、どこにもいない。人間関係には、相性の良し悪しがあり、タイミングにも左右される。「当たり前」だから難しい。その難しさゆえに、私たちは、悪く言えば、「ハラスメント」をネタにして盛り上がれるのではないか。

結論が出ないから盛り上がり、盛り上がれば盛り上がるほど結論が出ない。このぐるぐる周り、循環から抜け出るのは簡単ではない。この輪の中に安住しているとも言えるし、この程度には「ハラスメント」という考え方が人口に膾炙かいしゃした、と言えよう。

性的暴行は是か否か、という問いは成り立たない。犯罪でしかないからである。構成要件は法律に厳密に定められており、合意の有無や、状況等をめぐって裁判で争われる場合もあるとはいえ、どこまでが性的暴行なのか、とは問われない。

これに対して「セクシュアルハラスメント」はどうか。なるほど、先に見た厚労省の「あかるい職場応援団」には、できる限り細かく・具体的に書かれている。「職場」や「労働者」といったことばの定義に始まり、「性的な内容の発言の例」が挙げられており、被害に遭った人にとって参照しやすい。それは「セクハラ」として「当たり前」だろう、ととらえやすい。

ハラスメントの主な類型 ハラスメント根絶へ法改正
画像=共同通信社
職場で起きるハラスメントには様々なケースがある

犯罪でない、グレーゾーンゆえの困難

それでも、いや、それゆえに、この「当たり前」の線引きに頭を悩ませかねない。同サイトの「環境型セクシュアルハラスメント」を例にとろう。「同僚が取引先でプライベートな交友関係の性的な内容の情報を意図的かつ継続的に流したため、そのことが苦痛に感じられて仕事が手につかない」との「例」が挙げられている。

私にとっては、なるほど「当たり前」にこれは「セクハラ」に見えるし、多くの人がそうとらえるとの見込みに基づいて、厚労省は、この「例」を出したのだろう。ただ、これが「ハラスメント」の「例」にとられているように、犯罪には該当しづらい。そればかりか、ここの「性的な内容の情報」が何を指すのかは厳密には示しにくいのではないか。

髪型や服装にまつわる「性的な内容の情報」もありうるし、もっとダイレクトに性行為やそれに近いときもありうる。「セクハラ」には当たらないとか、「セクハラ」は当事者次第、などという「当たり前」を主張したいわけではない。

そうではなく、犯罪でない、もしくは、グレーゾーンゆえの困難がどこまでもつきまとう。そのために、私たちが「ハラスメント」そのものからも、そして、その話題からも逃れられない様子を確かめたいだけなのである。