一雄だけでなく、次男「巌」の人生も波瀾万丈

しかも、これまでの記事でも記した通り、八雲の死後、セツは謡曲など趣味を楽しむ一方で、その「我が道をいく」ぶりは加速しまくりである。銀行から融資を引っ張り、借家を建て、屋敷を改築し、一雄に「大宮に土地を買って家を建てろ」と命じる。反論は許されない。実印はセツが握っている。

八雲の名誉を語れるのは私、八雲の名誉を継ぐ子供たちを導くのも私……セツにとって、八雲なき後の小泉家はすべて自分が差配すべき領土だった。その統治は、優しさと恐怖を使い分けるという点で、圧倒的な支配力に満ちたものだった。

視聴者は毎週画面に向かって叫ぶだろう。「逃げろ一雄‼」と。しかし逃げられないのが一雄の魅力となるわけだ。これは、話題のドラマになりそうだ。

小泉八雲とセツの息子「一雄」
小泉八雲とセツの息子「一雄」(写真=Nina H. Kennard『Lafcadio Hearn』/PD US/Wikimedia Commons

さて、一雄については、多くの著書を遺したこともあり、これまでの記事でもたびたび言及してきた。しかし、ほかの兄弟も負けず劣らず、さすがは八雲とセツの子供だというエピソードに満ちている。

そう、セツの死から僅か数年後に、40歳で早逝した次男・巌の人生もなかなかの波瀾万丈だ。

巌は、養家である稲垣家の家督を継ぎ、岡山県の第六高等学校から京都帝大へ進学している。一雄からみれば「あえて遠方に進学することで、うまくセツのヒステリーから逃れることに成功した」とも感じたかもしれない。

「八雲の父」を彷彿とさせる、次男の衝動性

しかも、巌は在学中に学生結婚まで果たし、1923年には長男・明男が誕生している。セツにとって初孫である。子供に対しては支配的なセツの目の届くところからは上手に逃れて、初孫までつくっている。どこか憎めない要領のよさがある。

でも、巌の人生は要領がよいだけには留まらない。大学を卒業後に英語教師となった巌は、京都の桃山中学に赴任した。

ここで、巌は大事件を起こしている。さる令嬢と恋仲に陥ってしまったのだ。これに怒った妻・ミドリは子供3人を連れて故郷の八戸に帰ってしまった。

大学まで出て、子供を3人も作っているのに、よその令嬢と浮気どころか本気になってしまう。母・ローザを捨てた八雲の父親、巌にとっては祖父にあたるチャールズ・ブッシュ・ハーンが思い出される。

もしも八雲が生きていたならば激怒したはずだが、セツは違った。一雄によれば「母は子のある嫁を離別して新にその恋人との結婚を是認したかったらしい」というのである(小泉一雄『父小泉八雲』小山書店、1950年)。

つまりセツ、息子の不倫を推そうとしていたのだ。これは、どういうことか? ミドリと嫁姑の折り合いが悪かったのだろうか。一雄も、その理由までは書いていないので、永遠の謎である。