「河・山岳・大地」が崇められていた

文字資料によって信仰が分析できるようになるのは、殷代後期が最初である。しかも、その200年あまりの期間にも、信仰の変化が見られる。

甲骨文字によれば、当初(紀元前13世紀後半)は、祖先を神格化した「祖先神」と、自然を神格化した「自然神」の両方が祭られていた。

祖先神としては、代々の殷王(先王)が祭祀対象に多く見られる。殷代にも、血縁組織としては氏族が基本的な単位であり、一般には仮想の共通祖先以外は三世代程度しか系譜が認識されない[落合2012]。しかし、王の場合には、建国者が樹立した王朝とその正統な支配権が代々にわたって継承されてきたことを祭祀によって示す必要があり、数百年分の系譜が祭祀対象になった。