「セツの意向」を汲みに汲んだ東京生活

ドラマで描かれているように、八雲は東京帝国大学から英文学の講師として招聘しょうへいされ、東京に居を移している。古い日本を愛する八雲にとって、近代化が急速に進む東京に住むことには乗り気ではなかったようだ。それでも東京移住を決めたのは、妻のセツがそれを望んでいたからだ。セツは「外国人の妻」として好奇の目で見られることを嫌っていたし、都会生活に対するあこがれもあったようだ。

一方の八雲自身は、東京に長居するつもりはなかったようだが、結果的には晩年の8年間を東京で暮らし、東京で亡くなることになる。

八雲夫妻が最初に住んだのは現在の新宿区富久町で、ここで5年間半暮らしている。勤務先の東京帝大からは遠く、お抱えの人力車で約1時間かけて通っていたという。大学からあえて遠いところを選んだのは、人付き合いと都会の喧騒を避けるためだったようだ。