「なくても困らない仕事」のほうが生き残る

また、AI時代には、「無駄」な仕事が重宝されることになると思う。

無駄な仕事とは、機能だけ見ればオーバースペックで、日常生活を送るうえで「なくなっても何の支障もない」けど、わざわざお金を払ってでも提供されたい財やサービスを生む仕事のことだ。

いつも以上に気分が良くなる、特別あつかいされる、少し安心できる、ちょっとした面倒が減る――。そういった付加価値を生む仕事である。

たとえば、コスパは悪いが王様気分を味わえるキャバクラや、お姫様体験ができるホストクラブはわかりやすい例だろう。刹那的な楽しいひと時を買う「課金システム」とも言える。

もちろん、キャバクラやホストだけではない。結婚式や葬式のプロデュース、ホテルのコンシェルジュ、スパやエステ、推しのイベント、オーダースーツ、家事代行……。どれも、なくても困らないが、あればあったで生活の質の向上に貢献してくれる。

AIがどれだけ賢くなっても、この「無駄にお金を払う市場」が消滅することはないだろう。

AI時代は「無駄」に価値が出る

効率化できる仕事は、今後ますますAIに置き換わっていくことになるだろう。コストはかからないし、文句も言われない。そのうえ24時間フル稼働してくれるからだ。

先ほど、今後なくなる仕事の例として挙げた記者・ライター業について少しだけ掘り下げてみよう。

紙と鉛筆
写真=iStock.com/years
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こういった「書く」ことを生業とする仕事が、根こそぎすべてなくなるとは思わない。すでに絶滅危惧職種入りしつつあるのは、発注側のリクエストに忠実に従った原稿を書いてくれる御用ライターだ。

結論と構成が決まっていて、必要なのは整形と要約だけ。そういった明確な「正解」がある文章は、AIがもっとも得意としているので淘汰されるのは必至だ。

では、人間の書くものはどこに残るのか。

ここでも「無駄」に読ませる文章が高い付加価値を生むことになると思う。

「読むのに時間がかかる」は、結論だけ手っ取り早く知りたい人には非効率だ。それでも、読んだ人の中に、書き手や登場人物の感情や体温が感じられる原稿なら、その読書体験そのものが価値になる。読むことで臨場感が味わえる記事、好奇心を刺激する熱量のある創作などは、そうやって十分売り物になるのではないか。

バイライン(署名)が付された原稿も同様だろう。間違ったことが書かれたら責任を問われ、信用は失墜する。逆に、「この記者・ライター・作家が書いたものなら信頼に値する」と受け止められれば読み手は絶えない。これこそ、「ブランド価値」そのものだ。

すでに、ネットで拾い集めた断片情報をAIに食わせただけのコタツ記事は、無価値との認識が拡がっている。最後に残るのは、読む側が「信用の置き場所」として選ぶ文章だけとなるはずだ。