脳は言語をどのように扱っているのか

【養老】子供はよくそういう擬音語を使います。猫は「ニャー、ニャー」ですよ。

どういうことかと言うと、漢字は目でしかわからない、擬音語は耳でしかわからない。つまり、言語というものは、視覚系の入力と聴覚系の入力というものを同じ規則で処理するようにできているものですから、目だけの性質が残っていると、耳には通じないのです。

魚の絵には音とつながらない部分がたくさんあります。目があるとかエラがあるとか、後ろにシッポがあるとか。でもそういうものは音にはならない。音にならないものは視覚系に閉じ込められてしまうんです。逆に「パシャン」は聴覚系の中に閉じ込められます。

ところが、脳の中で言語を扱う場所は視覚系でも聴覚系でもない。その中間なんです。われわれはそれを言語野と言っていますが、そういう部分だから、目と耳の両方の情報が共通に処理できるような場所でなければいけない。だから、魚という「抽象的」な漢字になる。だんだん時間がたってくると、目でしかわからないこと、耳でしかわからないことは、言葉の中から少しずつ落ちていってしまう。

つまり抽象化したわけです。で、漫画というのは実を言うと元へ戻っているんです。

【楳図】えっ?

日本の漫画
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国語の授業と漫画の「意外な共通点」

【養老】そこで漫画の読み方なんですが、漫画をよく見ると日本語に非常に似ているんです。「魚は」と書けば、誰だって「サカナは」と読む。また「魚」の下に「類」という字が付けば、誰でも「ギョルイ」と読みます。

そうすると漫画の場合、絵があって、吹き出しというのをつけてそこにセリフを入れますね。この吹き出しの部分が、漢字で魚類と書いて、「ギョルイ」とルビ、つまり仮名を振った場合と同じなんです。実は漫画の吹き出しは、ルビと同じものだと思うんですよ。

【楳図】あっ、なるほど。

【養老】漢字にルビが振ってあるものには、日本人は非常に親しみがある。明治の頃に出版された小説なんか、絵ルビと言って全部の漢字にルビが振ってある。あれは、漢字を絵だとすると吹き出しに相当するんです。

【楳図】わあ、すごいことをおっしゃっていただいて……、漢字にルビがつくのと漫画の絵に吹き出しがあるのが同じ構造だと。これはすごい、漫画の歴史の1ページがカタンとひもとかれたような気がします。

【養老】抽象的な漢字は、同じひとつの字に対していろいろな音が使われますね。抽象的な図柄に対してさまざまな違った音が付くということです。これ、日本人は非常に処理能力がいいんです。

小学校の低学年から国語の先生がだんだん漢字を教えて、日本語というものの読み方を教えていきますが、あれは実は漫画を読む訓練をしているのと同じことです。