職場恋愛は自然な出会いという「贅沢な勘違い」

職場恋愛においては、よく「スペックではなく、内面を見て惹かれた」とされることが多いかと思います。しかし、これはある種の贅沢な勘違いであることを自覚すべきでしょう。

職場恋愛で「性格がいいから」と言えるのは、実はファーストステップをパスしたごく少数の通過者たちの中だけで行われる、人柄重視の「二次審査」のようなものだからです。母集団が絞られているからこそ内面を見る余裕も生まれるのです。

こうしたなかで職場恋愛は果たして「自然な出会い」と呼べるのでしょうか。

同じような知的水準、価値観、経済力を持つ人々が集まる環境に身を置けているのは、本人がそれまでの人生で勝ち取ってきた「フィルタリング権」の結果です。

つまり、パートナー探しは結婚を意識した瞬間から始まるのではなく、「どの環境に所属するか」を決めたとき、もしくはその数年前からすでに勝負が始まっているのです。

引き止めのための社内婚活性化

かつて筆者が人材業界にいた頃、ある大手企業の担当者はこう本音を漏らしていました。

「社内結婚を活性化させたいから、採用段階で属性のバランスを重視している」

現代のコンプライアンスに照らせば危うい内容ですが、企業にとって社内結婚は、組織の離職率を下げ、メンタリティを安定させる「最強のリテンション(引き止め)策」という経営合理性に基づいた戦略でもあったのです。

私たちは自分の意思で相手を選んでいるつもりですが、実は企業という巨大なフィルターが、あらかじめ似た価値観やバックボーンを持つ人間をスクリーニングし、出会いの精度を高めてくれていたという側面があることも否定できません。職場恋愛とは、運良く出会った「自然」なものではなく、「自ら選び取った優良な土俵」の上で、最後の人柄確認を行っているに過ぎないとも言えるのです。