“卒業後に手紙をくれない”と怒った八雲

これが八雲の性格の根本的な問題である。最初から他人に対する期待値が振り切れているのだ。

ここで八雲の過去の恋愛のことを思い出してほしい。アメリカ時代、ずっと片思いし続けたエリザベス・ビスランドに送り続けた手紙には「夢にあなたが出てきた」などと、現代のSNSなら即ブロックされるレベルのことを平然と書き綴っている。そう、人間関係の距離感が、根本的におかしいのだ。

(参考記事:11歳年下の女性にゾッコン…「ばけばけ」で描かれない、小泉八雲が来日直前に書いていた"ラブレター"の中身

手書きの手紙に万年筆
写真=iStock.com/Natalia Shabasheva
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そう、八雲は恋愛だけでなく、あらゆる人間関係で距離感がおかしいのだ。だからすぐ「この人はとてもいい人」と思い、すぐに「裏切られた」とばかりに嫌いになる、感情のジェットコースターを繰り返すのだ。

そこも乗り越えて、夫婦になり、かつ八雲が『怪談』をまとめるに至るよき協力者となれたセツは、半分「聖母」で半分「似たもの同士」である(セツも一度怒ると、なかなか治まらないヒステリックな面があった)。いずれにしても奇跡的な天の采配だったと、改めて感じざるを得ない。

「仲良くなれた」という高揚感が冷めた時の激しい反動。熊本の学生たちは、そのとばっちりを受けることになる。

とにかく八雲がイラっとしたのは、時が経つうちに感じるようになった無作法ぶりだ。無作法といっても、別に授業中に騒ぐとか教師にタメ口を聞いてくるわけではない。例えば、松江の生徒は卒業してからも手紙をくれるというのに、熊本の生徒にはそれがないなどと、怒り、わざわざ友人への手紙に書いて送っている。

卒業した教え子から手紙が来ない。たったそれだけのことが、八雲には許せなかったのだ。

人間関係に“過剰な何か”を求めてしまう

考えてみれば、これは八雲の側の問題でもある。週27時間、作家としての執筆時間を削って教壇に立ち続けている。その「犠牲」に見合うだけの見返りを、八雲は無意識のうちに求めていたのではないか。

ビスランドへの片思いの手紙しかり、松江の生徒との絆しかり。八雲という人間は、人間関係に対して常に過剰な何かを求める。そしてそれが満たされない時、静かに、しかし確実にヘイトを積み上げていく。

熊本の学生たちは、別に何か悪いことをしたわけではない。ただ、八雲が期待するほど「こまめに連絡を取る人間」ではなかっただけだ。

丸山学『小泉八雲新考』(北星堂書店、1936年)は、著者の丸山が熊本県出身というだけあって、冷静に熊本時代の八雲を整理している。とりわけ、実際に八雲から授業を受けていた生徒達の証言は丁寧に記録している(丸山は柳田國男に師事した民俗学者で、熊本の八雲旧居保存にも尽力した)。そこでは、こんな記述がある。

(八雲は)人力車の上でいつも葉巻を口にしていたが当時葉巻は珍しい頃であったからいたづら空きの学生などヘルンの車の後についていってその葉巻の香りをかいだものだ。