NHK「ばけばけ」では、ヘブン(トミー・バストウ)が熊本の学校に勤務するようすが描かれている。モデルとなった小泉八雲は、どのように生徒たちと接していたのか。ルポライターの昼間たかしさんが、文献などを基に史実をひも解く――。

「学生たちの気質」が合わなかった

NHK朝の連続テレビ小説「ばけばけ」。いよいよ放送も今月末までなのだが、まだ物語の舞台は熊本だ。トキ(髙石あかり)はヘブン(トミー・バストウ)の同僚の外国人教師の妻・ラン(蓮佛美沙子)に英語を習い始めた。この後、長男の誕生、そして、神戸から東京へと、残りの夫婦の歩みはどこまで描かれるのか。

ともあれ、この先を考えると意外に長い熊本編。でも、本当に長いのは八雲の勤務時間だろう。

現代の大学教員の標準的なコマ数が週8〜10コマ程度であることを考えると、週27時間というのはかなりの重労働。授業の事前準備や授業外の生徒の対応まで含めれば、実質的な労働時間はさらに膨らむ。作家として原稿を書きたかった八雲には、熊本での生活は時間的にも精神的にもかなり苦しいものだったはずだ。

なによりも、職務として授業で相対する学生たちの気質が八雲には、まったく合わなかった。

これまでの記事で書いてきたように、八雲は、熊本の街の雰囲気が気に食わなかった。一方で、学校そのものには期待していたようだ。建物は立派で、東京帝国大学を思い出すほどのものだったからだ(速川和男『小泉八雲の世界』笠間書院、1978年)。

1889年、ラフカディオ・ハーンの肖像画
1889年、ラフカディオ・ハーンの肖像画(写真=Gutekunst/“Concerning Lafcadio Hearn”1908/PD US/Wikimedia Commons

着任数日後に「すぐに仲良くなりました」

松江で1年と数カ月教師として過ごした八雲だが、教育者としては素人である。たまたま英語が話せるから職に就いただけで、生徒との付き合い方や、土地や学校ごとの気質の違い、それに見合った授業方針を立てることを専門的に知っているわけではない。

それに加えて、今度の赴任先は高等中学校=後の旧制高校にあたる。施設は東京帝国大学を思わせるほど立派だという。であれば、そこに集う学生たちは、松江よりさらに優秀で向学心に溢れているはずではないか……。八雲がそう期待したとしても、無理はない。

しかし、現実はそうではなかった。それが、八雲の熊本時代を決定的に暗くした。

着任から数日後、1891年11月30日付の西田千太郎に送った書簡で、八雲はこう記している。

松江とはあまり違わないようだ。私の見る限り、従順で、ていねいで、紳士的で、勤勉です。私たちはすぐに仲良くなりました。

……ちょっと待って欲しい。着任から数日で「すぐに仲良くなった」とはいったいどういう心情なのだろう。

これまで「ばけばけ」を契機に、八雲という人間を知ったなら「ああ、またか」と思うだろう。