世界で2人だけの言語

こうして「私ども二人だけの日本語」、すなわち「ヘルンさん言葉」が、夫婦にとって唯一のコミュニケーションツールとなった。それは2人が交わした手紙に確認することができる。とくに明治30年(1902)から毎夏、子どもたちを連れて静岡県の焼津で過ごしたハーンは、東京に残ったセツと手紙で近況を伝え合った。

明治37年(1904)8月10日、ハーンはセツにこんな書き出しの手紙を送った。「小ママサン スタシオン(駅) ニ タクサン マツノ トキ アリマシタナイ。ソノ ヨナ コドモニ ICE CREAM ヤル ムツカシイ デシタ」(焼津小泉八雲記念館所蔵)。「アリマシタナイ」は「ありませんでした」という意味で、典型的な「ヘブンさん言葉」だといえる。

セツは、8月12日付の手紙でこう答えている。「グド、パパサマ、アナタ、ノ、カワイ、テガミ、3トキ、ワタシノテニ、アリマシタ。ヨロコビデ、ワライマシタト、セップン、シマシタ、ヤイズノ、テイボウ、ノ、エ、オモシロイデス子ー。ヨキテンキデ、テンノイロキレイデス子ー。TOKYOオナジ、マイニチ、アツイ、デスヨ」(池田記念美術館所蔵)。

「子ー」は「ネー」と読む。いずれにせよ、見事に「ヘブンさん言葉」が「習得」されているのがわかる。この言葉でセツは、ハーンの執筆のアシスタントも務めたのである。

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