第一号店の支配人は、近所の飲食店のママ
実際、東横インの支配人の約75%は外部からの採用であり、異業種や専業主婦からの再就職も多い。これは、創業時からの戦略だ。創業者である黒田社長の父・西田憲正氏は「今までにないホテルを作るのだから、業界の知識はない方がいい」と考え、あえて業界経験のない人を積極的に採用。第一号店の支配人は、近所の飲食店のママだったという。
もちろん業界経験者も採用しているが「スタッフが『この人だったらついて行きたい』と思えるような人かどうか」という人間力や人生経験を重視している。
いかに女性がいきいきと働ける職場を実現してきたのか。これは黒田社長自身の苦い“失敗談”と大きく関係している。
1986年に創業し、リーズナブルな料金体系で客室数を伸ばしてきた東横イン。だが、2006年には障害者用駐車場の違法改造などが発覚、2008年には松江店の地下から硫化水素が発生し、廃棄物処理法違反で西田社長(当時)が逮捕される事態に。ドイツで専業主婦として暮らしていた黒田氏が急遽帰国し、副社長に就任したのは、父の逮捕の2カ月後。2008年12月のことだ。
立て続けの不祥事にリーマンショックが重なり、2010年ごろ業績はどん底となった。役員が日々資金繰りに奔走するなか、黒田氏は「退職者が出ても補充しない」という厳しいコスト削減を断行した。
従業員の話を聞いていなかったのは私
「人を増やさなかったことで、稼働率が急に上がったホテルでは現場が対応できなくなってしまっていました。皆さん疲弊し、特に支配人、従業員がどんどん辞めていきました。『なぜこの人が?』と首をかしげたくなるような支配人も辞めてしまいました。一生懸命現場のことを考えていたつもりでしたが、完全に現場を無視した号令をかけていたんです。社員がみんな下を向いていて、社内の雰囲気も良くありませんでした」
転機となったのは、2012年。東日本大震災後の復興需要もあり、業績は徐々に回復してきた。同年、黒田氏は社長に就任。現場にも余裕ができ、自然とその声が社長の耳にも入るように。それまで支配人に「従業員の話をよく聞いて」と指示していたのに、話を聞いていなかったのは私自身だったのでは――。そう気づいた黒田社長は、毎年、支配人全員と面談を行うことを決めた。
1人20分程度、最近ではオンライン面談に移行したが、じっくり支配人一人ひとりと向き合う。そこで語られるのは、業務報告だけではない。介護、子育て、自身の健康、家庭の悩み……。プライベートについても必ず聞くようにしている。家庭が安定していないと仕事に注力できないという考えからだ。
「基本的にはおしゃべりな女性が多いので、自然といろいろ話してくれます。『実は親の介護が始まって』『子供が不登校で』と。そうした背景を知っているだけで、会社として対応ができます」

