自民得票率49.1%で獲得議席率85.8%

自民党316(+118)、日本維新の会36(+2)、中道改革連合49(-118)、国民民主党28(+1)、共産党4(-4)、れいわ新選組1(-7)、減税日本・ゆうこく連合1(-4)、参政党15(+13)、保守党0(-1)、社民党0(0)、チームみらい11(+11)、諸派0(0)、無所属4(-11)、計465。衆院選各党獲得議席(カッコ内は公示前からの増減)である。

党勢を示す比例選得票数は、自民党が2103万票で大台に乗せ、中道改革連合は1044万票、3位は国民民主党の557万票だった。

自民党の比例選得票数は1996年の現行選挙制度導入以来2位で、2005年の小泉純一郎首相(当時)による「郵政選挙」の2589万票に次ぐ。得票率でも歴代2位の36.7%で、24年の石破茂首相(当時)による前回衆院選の26.7%(1458万票)から大きく回復した。自民党は比例選の獲得議席が名簿に登載した候補者数を上回り、14議席を他党に譲ることになった。

なぜ自民党は予想以上にこんなに勝つことができたのか。技術的には、小選挙区選を軸とする選挙制度、野党の多党化によって反自民票が割れたことが最も大きな理由だろう。

今回の小選挙区選で、自民党の得票率が49.1%(2771万票)で、獲得議席率が85.8%にも上ったのに対し、中道改革の得票率は21.6%(1221万票)で、議席率はわずか2.4%だった。

元自民党事務局長の久米晃氏が13日の東京新聞に語ったところでは、岸田文雄首相(当時)の手で自民党が261議席を勝ち得た2021年衆院選と比較することで、今回の特異性が浮かび上がるという。

自民党の小選挙区選の得票率は、今回の49.1%に対し、21年は48.1%とそれほど変わらなかったが、獲得議席は今回が248議席で、21年の189議席から59議席も上積みした。与野党の小選挙区候補の合計は、今回が1119人で、21年の857人から1.3倍に増加している。中道改革や国民民主、参政、共産の各党など野党候補が選挙協力もせずに乱立し、結果的に自民党を利する構図になった、と分析している。

300という妖しい数字は判断を狂わせる

今回の衆院選で自民党が得た316議席は、一つの政党としては過去最高となった。300議席超は、1986年に中曽根康弘首相(当時)が衆参同日選を仕掛けて自民党が得た304議席、2009年に民主党の鳩山由紀夫代表(当時)が政権交代を果たした時の308議席が、これまでの記録だった。

その中曽根首相が圧勝した当時、自民党国会対策委員長だった藤波孝生氏(元官房長官)は「これから300祭りが始まる」と周囲に対し、政権運営に驕りが生じてはならないと警告していた。だが、300という妖しい数字は、時の首相の判断を狂わせるらしい。

1986年4月13日、キャンプ・デービッドにて中曽根康弘首相と歩くロナルド・レーガン大統領
1986年4月13日、キャンプ・デービッドにて中曽根康弘首相と歩くロナルド・レーガン大統領(写真=National Archives and Records Administration/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

中曽根氏は、選挙戦で「大型間接税は導入しない」と明言しながら、圧勝した後に「売上税」導入を提案し、世論の反発を招いた。翌1987年3月の参院岩手補選で自民党候補が「反売上税」を掲げた社会党候補に大敗し、中曽根氏は売上税撤回に追い込まれる。

その後、藤波氏も巻き込まれたリクルート事件、竹下登内閣による消費税導入などへの国民の不満が積み上って、3年後の1989年参院選で自民党は歴史的大敗を喫した。